番外編 赤い鈴と甘い果実 2
雨空に月が昇り始め雨雲の隙間から見え隠れする空の下、ハイネの体温は確実に上がっていた。
セラと別れた後、広場で倒れかけた彼女を抱き上げたヴェスパーは、迷わず自宅へと連れ帰った。宿舎には頼らない主義だ。
己の匂いも、気配も、誰にも侵されたくはなかった。
雨は本降りになっていたが、彼の纏う魔力の気配が雨粒さえ弾いていく。腕の中のハイネは熱を帯びた身体を彼の胸元に擦り寄せ、艶やかに笑った。
「ふふ、ヴェスパー。⋯⋯なんだか、すごくいい匂いする⋯⋯」
その声音には、いつもの軽さではなく、蠱惑的な艶があった。
「⋯⋯黙ってろ。もう少しで着く」
ヴェスパーの喉がわずかに鳴る。落ち着け、と自らに言い聞かせながらも、抱える腕に自然と力が籠もる。
重厚な扉を蹴り開けるように中へ入り、閉めると同時に、ハイネがヴェスパーの胸元に顔を擦り寄せた。
「ねぇ⋯⋯なんで、こんなに熱いのかな⋯⋯ふふ、あなたの匂い⋯⋯落ち着く⋯⋯」
普段の快活さは鳴りを潜め、代わりに現れたのは妖艶な微笑み。
その視線はどこか遠く、けれど鋭くヴェスパーを射抜いてくる。
「⋯⋯くそ、効いてやがる⋯⋯ディジアックの実の効果が、こんなに⋯⋯」
ヴェスパーの喉がひくりと鳴る。ハイネの白い肌はほのかに紅潮し、息も熱を帯びている。
「ねぇ、ヴェスパー⋯⋯あたし、変だよね⋯⋯? 服、邪魔かも⋯⋯」
シャツのボタンに手をかけたハイネの動きを、ヴェスパーががしっと止めた。
「待て。正気じゃない。お前は、今は⋯⋯」
「⋯⋯じゃあ、責任、取ってくれる?」
囁くように甘く、唇が耳朶をかすめた。 その瞬間、ヴェスパーの意識の奥で、何かが弾けた。
「⋯⋯知らねぇからな。俺の理性、そこまで強くねぇ」
強く引き寄せられたハイネの背中に、ヴェスパーの腕が回る。 その腕は灼けるように熱く、逞しかった。
「お前が誘ったんだ、ハイネ⋯⋯今さら泣いても、止められねぇぞ」
息を呑む間もなく、唇が重ねられる。 ドラゴンハーフの彼が放つ熱量と、野性味を孕んだ香気に、ハイネは震えるほどの快感を覚えた。
「ヴェスパー⋯⋯すご⋯い、いつもと違⋯⋯っ」
「お前が俺を煽るからだ。見ろよ、こんなに感じてやがる⋯⋯可愛い声、出して⋯⋯」
深紅の月明かりが、重なり合う二人の影を艶やかに照らし出す。
獣じみた低い唸りと、女の掠れた吐息だけが、夜の部屋に満ちていく。
やがて、ヴェスパーの囁きが耳元をくすぐった。
「⋯⋯これが、ただの“実”のせいだけだと思うなよ。お前に触れたいって、ずっと前から思ってた」
「⋯⋯ずるいな、ヴェスパー⋯⋯」
ハイネの指が、彼の深緑の髪を撫でる。 熱と熱の交差は、今や理性すら融かし、ただ本能に突き動かされるまま――
夜は深く、雨は激しく。
ハイネの笑みとヴェスパーの吐息が、互いの欲を滲ませて絡み合っていった。
――支配ではなく、共鳴する熱として。




