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空を見上げる理由  作者: 桜鬼
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番外編 赤い鈴と甘い果実 1


 昼下がりのギルドは、日差しが差し込む大窓から柔らかい光が注ぎ、どこか眠気を誘う静けさに包まれていた。


 受付の奥から軽やかな足音が響き、リファが真新しい布包みを小脇に抱えてカウンターを出る。




 「セラちゃん、ハイネちゃん。ちょっとこっち来てほしいニャ」




 黒のショートボブが揺れ、赤い鈴のついたしっぽが機嫌よさげに揺れる。いつもキビキビしているリファが、どこか上機嫌なのが妙に可愛らしい。


 二人は目を見合わせ、小さく笑って近づいた。




 「どうしたの?」




 セラが問うと、リファは手にした布をぱっと開いて見せた。中には、小ぶりな赤い果実が三つ並んでいる。つやつやとした皮が、まるで宝石のように艶めいていた。




 「市場で見つけたんだけど、これ食べるとちょっと気分が良くなるの。猫族にはマタタビみたいなもので、すっごくスッキリするニャ。お裾分けってことで、ひとつずつどうぞ」


 「⋯⋯へえ、きれい」




 ハイネが身を乗り出し、果実を指先でつまんで持ち上げる。光を受けて揺れるその果実は、どこか妖艶な香りを放っていた。




 「⋯⋯ちょっとスパイスが強めだけど、甘いニャ。セラちゃんも試してみるといいニャ」


 「ありがと、リファさん」




 セラが笑顔で受け取り、ハイネと並んでギルドの広場に腰掛ける。午後の穏やかな空気が流れ、遠くからはギルドメンバーたちの訓練の声が微かに聞こえていた。


 


 「じゃあ、いただきまーす」




 ふたりが同時に、果実に小さくかじりつく。

 その瞬間、柔らかな甘みと、喉奥をくすぐるようなほのかな熱が広がった。


 


 ──そして、運命のように。


 


 「⋯⋯それ、今すぐ口から離せ」




 低く、鋭く、けれどどこか切迫した声が、風のように割り込んだ。


 セラの果実が指先から払われる直前。

 シラノスがその手を掴み、果実を叩き落としていた。


 


 「し、シラノス!?」


 


 突然のことに、セラもハイネも驚いて立ち上がる。

 だが、すでにハイネの口には果実の半分が消えていた。


 


 「手遅れか⋯。!」




 シラノスはセラの肩を庇うように引き寄せ、もう一度ハイネを見た。

 その瞳には、焦りと⋯⋯微かな呆れが滲んでいる。


 


 「ディジアックの実だ。猫族にはただの気分高揚作用で済むが⋯⋯人間には“媚薬”として作用する。かなり強めのな」


 


 「⋯⋯⋯⋯は?」




 セラが素っ頓狂な声をあげる。




 「え、えぇぇぇぇぇ!?!?リファさん!?!?」


 


 一方そのころ、ハイネはというと──


 


 「⋯⋯⋯⋯あつい⋯⋯っ」




 首筋を指先でそっと撫でながら、座り込んだまま体をくねらせる。

 どこかうっとりした表情に、いつもの飄々とした雰囲気は影を潜め、まるで艶のある女優のように妖しく笑った。


 


 「ヴェスパー⋯⋯どこ⋯⋯早く来て⋯⋯ふふ⋯⋯」


 


 「ハイネ、しっかり!」




 セラが慌てて肩を掴むが、その手をするりと躱しながらハイネが片目を細めて微笑んだ。


 


 「ねぇ⋯⋯私って⋯⋯色っぽい?」


 


 「だめだこの子もうダメだぁあ!!」


 


 セラが頭を抱えて叫んだちょうどその時。


 


 「⋯⋯騒がしいと思ったら⋯⋯なるほどな」


 


 ギルド広場の入り口から、淡い深緑の髪を揺らしながら現れたのは、ヴェスパーだった。


 感情の読めない双眸でハイネを見やると、彼女の頬がほんのり染まり、瞳が潤んでヴェスパーを見つめ返す。


 


 「ヴェスパァ⋯⋯来てくれたの⋯⋯私ね、ちょっと、火照っちゃって⋯⋯っ」


 


 「ああ、これは危険だな」




 無表情のまま、すっと彼女に近づくと、ヴェスパーは軽々とハイネを抱き上げた。


 


 「え、ちょ、ま、待って、それ、どこへ連れて⋯⋯!」


 


 「うちに連れて帰る。宿舎は嫌いだ。⋯⋯責任は取る」


 


 淡々とそう言って、彼は人々の視線をものともせず歩き出す。


 


 「責任って何ーーー!!???」


 


 セラとシラノスが取り残される中、

 ヴェスパーの腕の中でハイネは艶やかに微笑んだ。


 


 「⋯⋯ふふ、逃がさないわよ?」


 


 ヴェスパーの喉が、ごくりと鳴る。


 


 ──嵐の夜が、静かに幕を上げようとしていた。



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