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空を見上げる理由  作者: 桜鬼
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番外編 濡れた獣(おとこ)は止まれない 2

 ざあ⋯⋯と、空から零れ落ちる雨粒が窓を打つ。



 セラはカーテン越しにその音を聞きながら、暖かなスープを手にリビングの椅子へ腰を下ろしていた。



 小さな家。まだ新しい木の香りが残るこの場所は、ふたりで選んで、ふたりで整えたものだった。冒険の合間に積み重ねた日々が、この空間に優しい温もりを宿している。



 けれど、今はシラノスがいない。



 ギルマスの指示で、久しぶりの別任務になった。




 (もうすぐ⋯⋯帰ってくるよね)




 窓の外では、雨がさらに強くなっていた。空を覆う雲は重く、風に乗って雨音が鋭くなる。セラはスープの湯気に頬を寄せながら、小さく息をついた。



 その時だった。



 「ただいま」




 静かに開かれた扉の向こう、濡れた外套を脱ぎながら、シラノスが姿を現した。




 「! シラノス!」




 セラは思わず駆け寄った。


 彼は全身を濡らし、銀黒の髪からは雨粒が滴っている。けれど、その瞳――いつもの穏やかなものとは違っていた。



 ぎらり、と獣のように鋭く光る双眸。唇の端には、戦いの余韻を引きずるかのような笑み。




 「おかえりなさい⋯⋯! 怪我は⋯⋯」


 「ないよ。大丈夫。⋯⋯ただ、今日は朝からずっと狩りっぱなしでさ」




 濡れた手で髪をかき上げながら、彼はセラに目を落とす。その視線は熱を帯び、まるで獲物を捉えるようだった。




 「血が(タギ)って、まだ冷めないんだ」


 「え⋯⋯?」




 次の瞬間、ぐいとセラの腰が引き寄せられた。




 「ひゃっ⋯⋯!? シラノス⋯⋯っ」




 濡れた手が背中を這い、彼の体温がじかに伝わってくる。服の上からでも、硬く引き締まった体がわかる。けれど、それ以上に――シラノスの息が熱い。




 「セラ。⋯⋯今日は、我慢できそうにない」




 囁く声が、耳朶をくすぐる。いつもの優しさとはまるで違う、低く濁った声。




 「ちょ、ちょっと待って、まだごはんも⋯⋯! 服も濡れてるし⋯⋯っ」


 「⋯⋯あとにする。全部、あと。いまは⋯⋯お前だけが欲しい」




 ふいに唇が重なり、思考が跳ね飛ぶ。強引で、けれどどこか焦がれるようなキス。


 心臓が暴れ、呼吸すら忘れてしまいそうになる。




 「や、あの⋯⋯ほんとに、どうしたの⋯⋯」


 「言っただろ? 血が滾ってるんだ。⋯⋯オレの“理性”が、狩られたみたいにさ」




 そう言って、彼はセラをひょいと抱き上げた。力強く、けれど優しい腕。




 「ちょ、待って、ほんとに⋯⋯!」


 「大丈夫。優しくする。⋯⋯ちゃんと、セラの声、全部聞かせて」




 そのまま、彼女はベッドルームへと運ばれていく。雨音にかき消されるように、扉の向こうで、深く甘く、夜が濡れていった――。



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