表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空を見上げる理由  作者: 桜鬼
6/74

鋼薔薇の猟犬 5

 夜の森は静かで、冷たい。


 月光が葉の隙間からこぼれ、足元の湿った土を照らしていた。


 


 「⋯⋯こっちで間違いないはずだけど⋯⋯」


 


 セラは小声で呟きながら、地図とにらめっこしていた。


 今夜の任務は、希少種の観察任務。対象は“青羽キツネ”と呼ばれる、鳥の羽を持った魔獣だった。


 攻撃性はないが、警戒心が強く、人の気配を嫌うため、観察には静かで繊細な動きが求められる。


 


 「⋯⋯なのに、なんでわざわざ夜⋯⋯」


 


 森の奥で、かすかに羽ばたきの音がした。


 セラの肩がぴくりと震える。


 


 (ちがう⋯⋯これは、鳥の羽音⋯⋯)


 


 さっきまで普通に動いていた体が、急に動かなくなる。


 胸が詰まる。息が吸えない。


 


 (ダメ⋯⋯こんなときに、また⋯⋯!)


 


 背後で足音が止まった。


 気配に気づいて振り向こうとするけれど、首が動かない。


 


 「セラ⋯⋯」


 


 聞こえたのは、低く優しいシラノスの声だった。


 


 「⋯⋯ごめんなさい。足が、動かなくて⋯⋯」


 


 セラは膝をついたまま、震える声でかすかに呟いた。


 薄闇の中、木漏れ日に照らされた横顔が、蒼白に見える。


 


 「無理しなくていい」


 


 シラノスは、そう言ってそっと距離を詰め──そして、ゆっくりとしゃがみ込んだ。


 


 「セラ。目を閉じて」


 


 彼の声に従うように、セラはぎゅっと目を閉じた。


 次の瞬間──ふわり、と何かが背中を覆う感覚。


 


 それは、柔らかくて、あたたかくて、空気のように静かだった。


 


 「⋯⋯羽?」


 


 震える声で問うと、シラノスは小さく笑った。


 


 「ああ。オレの羽。広げないようにしてたけど⋯⋯今だけ、ね」


 


 羽音はなかった。風もなかった。


 彼の羽は、そっとセラの背を包み込むだけで、まるで心まで抱きしめるような温もりを持っていた。


 


 「こわくない?」


 


 問われて、セラは──


 


 (⋯⋯わからない)


 


 答えは出なかった。


 ただ、不思議と逃げたいとは思わなかった。


 心臓はまだ速く打っているのに、それ以上は怖くならない。


 


 「⋯⋯なんで、こんな⋯⋯優しいんですか」


 


 ぽつりと漏れた言葉に、シラノスの声がそっと返る。


 


 「セラが、怖くないって思えるまで⋯⋯オレの羽は、“守るため”だけに使いたいから」


 


 その言葉に、胸がちくりと痛んだ。


 それは、どこかで聞いたことがあるような――

 けれど、思い出せない優しさだった。


 


 闇の中、ふたりの影が、羽でそっと結ばれていた。


 




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ