空を見上げる理由 14
「えーと、ギルドの紋章は⋯⋯これが“牙”で、これが“薔薇”の――と、げっ、トゲ刺さった!」
セラは思わず吹き出した。目の前で慌てる少年――新しくギルドに加入したばかりの見習い、“野良犬”ランカは、手を振り回して痛がっている。
「大丈夫。ちゃんと刺さるってことは、もう“仲間”って証だから」
そう言って、セラは彼の指を取って、小さな傷に薬を塗ってやる。
昔なら、絶対にこんなことできなかった。けれど今の自分には、“守りたい”と思えるものが、ちゃんとある。
「先輩って、やっぱすごいな⋯⋯」
ポツリとこぼしたランカの言葉に、セラは少し照れたように笑った。
「すごくなんかないよ。私もずっと逃げてばっかりだったし⋯⋯でも、それでも隣に立ってくれる人がいて、少しずつ進んでこれただけ」
「それって⋯⋯もしかして、あの“銀の翼”の――」
ランカが何か言いかけた瞬間、
「おーい、セラ」
いつもの、優しくも低い声が背後からかけられた。振り返ると、シラノスが片手を上げて近づいてくる。
風に揺れる銀と黒の羽根。ギルドの誰もが一目置くその姿に、ランカは一瞬で背筋を伸ばす。
「よっ、銀の死神さん! い、いや、“元”死神⋯⋯あれ? なんて呼べば――」
「“シラノス”でいい。俺はもうただの一隊員だ。⋯⋯それに、“彼女のバディ”だからな」
さらりと告げる彼に、セラは思わず咳き込んだ。
「ちょっ、いきなり何を⋯⋯!」
「事実だろう?」
シラノスはいつものように淡々としているが、その口元にはほんのり笑みが宿っていた。
セラの顔がじわじわ赤く染まっていく。
「⋯⋯とにかく! ランカくん、この後は武器庫の案内ね。気をつけて、ギルマスの私物と間違えて持っていくとすっごく怒られるから!」
「ええ!? 私物なんてあるんですか!? あのガラクタ山脈みたいな棚の中に!?」
「声がでかい! 聞こえるでしょ!」
セラがランカをひっぱっていこうとしたその時、不意に後ろからシラノスに手を取られた。
そっと、その場に引き寄せられる。
「⋯⋯セラ」
「⋯⋯なに?」
彼の目は真剣だった。笑いも、からかいもない。ただ一途に、まっすぐに。
「俺は、もう君を離さない」
セラの心臓が、跳ねる音を立てた。
「⋯⋯今さら?」
言いながらも、目尻が少し潤んでいた。
その言葉を、どれほど待っていたのだろう。
「ううん、ありがとう。⋯⋯私も、離れないから」
そっと、指先が重なる。温かくて、確かで、今度こそ、誰にも引き裂けない絆だった。
背後でランカが「わっ、なに!? なんか今、尊いの見た!?」と騒いでいるのを無視して、二人はそのまま微笑み合った。
ギルドの建物の上には、今日も空が広がっている。
あの日のように、もう誰かを置いていくことはない。
共に飛び、共に笑い、共に未来を選び取る。そんな日々が、これからも続いていくのだ。
その空を、セラはもう――怖くない。
誰かと見上げた空は、いつでも未来へつながっている。
その空の下で、今日も新たな物語が始まっていく。
未来へ続く羽ばたきは、もう止まらない。




