空を見上げる理由 11
風の音が、優しい。
ギルドの裏庭に広がる小さな木立には、数羽の小鳥たちが遊びに来ていた。
餌台の上でついばむ姿もあれば、枝の間を楽しげに飛び交うものもいる。
「⋯⋯はい、ごはんの時間ですよ」
セラは手のひらに木の実を乗せ、そっと差し出した。
指先が震えなかったわけではない。けれど、その震えに負けることもなかった。
一羽の青い羽を持つ小鳥が、彼女の指にちょんと降り立つ。
「わあ⋯⋯」
羽根がかすかに触れた。あのころのように、怖くない。
ただ、やわらかく、あたたかい。
シラノスが少し離れた木陰でその様子を見守っている。
腕を組み、微笑みを浮かべながら――
「⋯⋯もう、すっかり“空の住人”だな」
彼の言葉に、セラは顔を赤くして照れ笑いを返した。
「まだ足元の方が落ち着くけど⋯⋯でも、こうして触れられるのは、嬉しい」
かつては見るのも避けていた存在。
けれど今では、小鳥の体温すらいとおしいと思える。
「ありがとう、ね」
小鳥にそうささやくように言うと、ちょんと啄ばまれ、セラはくすっと笑った。
その頃、街の南側、静かな路地裏――
人気の少ない甘味処の軒先で、ヴェスパーとハイネが並んで座っていた。
「⋯⋯でさ、ここが穴場だって言ったの、ヴェスパーの鼻じゃなくてリファさんなんでしょ?」
ハイネがじと目で言うと、ヴェスパーは少し頬をかいてから、あっさりと認めた。
「まあ、そうだな。俺は甘いの詳しくねぇし。ただ⋯⋯お前が笑う顔が見たいって言ったら、リファが勝手に場所教えてきた」
「⋯⋯リファさん、君に対して意外といい猫なのかもね?」
照れ隠し気味に言ったその一言に、ヴェスパーはふっと目を細めた。
「お前のためなら、敵だろうが味方にするよ。⋯⋯今の俺ならな」
ハイネがスプーンを止め、驚いたように彼を見つめる。
その視線に耐えるように、ヴェスパーはゆっくりと手を伸ばした。
「手⋯⋯握っていいか?」
「⋯⋯言うようになったじゃない、ドラゴンくん」
ハイネはそっと彼の手を取る。
手のひらは大きくて、少し冷たかったけれど、どこまでも真っ直ぐだった。
ギルド本部。
その日の夕刻、報告書の整理を終えたリファは、ぽふんとカウンターに突っ伏した。
「今日も⋯⋯書類が山盛りだったニャ⋯⋯」
猫耳をしゅんと垂らしながら、こっそり取り出した“癒しアイテム”は――
鳥型のクッション、鳥型の湯たんぽ、鳥型のアロマ石鹸。
「ふふふ⋯⋯これで癒されるニャ⋯⋯」
と、その時――
「リファ!? それ鳥だよね!?」
背後から聞こえたのは、セラの悲鳴だった。
思わずソファの陰に隠れたリファの赤い鈴付きリボンの尻尾がチリンっと鳴りぴくっと跳ねる。
「ち、違うニャ! これは新種の⋯⋯クッション⋯⋯にゃんこ型!」
「鳥って言ったでしょ!? それ鳥だって!」
「落ち着くニャ! セラも一緒に鳥耳カチューシャ付けるニャ!」
「やだぁあああ!!」
ギルド内に、笑い声と悲鳴と猫耳と鳥グッズが入り交じる。
それは、どこにでもある平穏な日常――だけど、かけがえのない時間だった。
ふと、外を見上げる。
夕焼けの空に、小鳥たちがふわりと舞っていた。
その姿を、セラはもう怯えることなく、見つめていた。
――風が、羽根を撫でていく。
セラの髪も、羽飾りも、そっとなびく。
過去も、恐怖も、すべてを抱きしめるように。
新しい日々は、ここから続いていく。
空を見上げながら、生きていくために。




