空を見上げる理由 10
風が荒れた。
北東の巣が崖ごと崩れかけ、幾羽もの魔鳥が空へと飛び立っていた。
巣にはまだ、飛べない雛鳥たちが残されている。
「シラノス、雛が!」
セラが叫んだ瞬間、彼は既に空へと跳んでいた。
鋭く翼を羽ばたかせ、強風の中を逆らうように駆けるその背は、もはや“死神”ではない。
救いの象徴。――そう、彼はずっと、そうだったのだ。
「支援班、風除けの布を展開! 下に滑り落ちる岩を止めて! セラ、雛の救出へ!」
ヴァルルドの号令が響く。
隊は一糸乱れず動き出し、崩落の一歩手前で全体が支えられていく。
セラは息を呑みながら崖を駆けた。
かつてなら、空の中にいるだけで足がすくんだ。
けれど今は違う――
「私が、守る!」
その声とともに、彼女は崩れかけた岩棚の上へ飛び込む。
雛たちが小さく鳴いている。目隠しも檻もない。
セラは、ただまっすぐに手を伸ばした。
「大丈夫、一緒に帰ろう」
小さな魔鳥が、彼女の腕に身を預ける。
震える羽毛が、温かく彼女の頬をかすめた。
それは、赦しの羽音だった。
任務は、無事に成功した。
崩落を防ぎ、雛もすべて保護された。
群れの親鳥たちは、巣の上空をくるくると飛びながら、人間たちの存在を静かに受け入れていた。
「まるで⋯⋯理解し合えたみたいね」
セラが呟くと、隣のシラノスが笑った。
「君が飛んだからさ。空を見上げて、目を逸らさなかったから」
ギルドの旗が立てられた小さな岩場で、集まった隊員たちが拍手を送ってくる。
そこには、リファの姿も、ギルマスの使いを務めた少年の姿もあった。
「⋯⋯ここまで来たんだな、私」
ポーチから取り出したのは、白い羽根。
あの時、魔鳥から贈られた“つがいの証”。
セラはその羽根を、胸にそっと留めながら、皆の前に立った。
「私は、鳥が⋯⋯怖かった。今でも少し、震えるときがある」
「でも、それでも。これから私は――」
深く、息を吸う。
見上げた空は、かつて涙と恐怖で曇っていた場所だった。
けれど今は、誰かと笑って見上げられる。
羽音に耳を澄ませられる。手を伸ばせる。
「私は⋯⋯鳥と、空と、共に生きていきます!」
風が、祝福するように吹き抜けた。
セラの言葉は、崖に立つ全員の胸へと、まっすぐに届いた。
拍手が重なる。歓声が上がる。
シラノスがそっと彼女の手を握る。
「やっと⋯⋯ここまで、来たな」
「うん。あなたが、ずっと一緒に飛んでくれたから」
二人の視線が交わり、柔らかく微笑み合う。
その周囲には、魔鳥の羽ばたきと人々の祝福が広がっていた。
“空を見上げる理由”は、もう恐怖じゃない。
それは、誇りと、希望と、愛の証。
空は、今――
誰よりも優しく、ふたりを包んでいた。




