空を見上げる理由 8
セラがギルド本部の廊下を歩いていると、あちこちから聞こえてくるのは――
「見たか? つがいの誓い、めっちゃ尊かったよなあああ!」
「セラちゃん、超かわいかった! あの照れ顔、俺、一生忘れねぇ!」
⋯⋯恥ずかしくなるような祝福と野次だった。
(ちょ、ちょっとだけだったのに⋯⋯!)
セラは顔を赤くしながら、早足で事務室へ向かう。が――
「おーい、恋するバディ、来たか?」
部屋に入るなり、ギルマス・バルドのいつもの不機嫌そうな顔が出迎えた。
「来い。座れ。話がある」
無骨な木製の机にセラを呼びつけると、彼は書類の山をガサガサと手で押しのけて、机の中央に一枚の紙を置いた。
そこには、深紅の薔薇と狼の紋章。――鋼薔薇の幹部推薦状。
「⋯⋯これ、私に?」
セラは思わず声を潜めた。
「断ってもいい。“めんどくせぇ”肩書きだが、責任もでけぇ。ただな、お前はもう⋯⋯あの頃みたいに逃げねぇと思ってな」
セラの目が大きく見開かれる。
それは、あのバルドが――あのぶっきらぼうで「じゃんけんで絶対負けない親父」が、セラの“変化”を認めてくれた証だった。
「⋯⋯ありがとう。でも、私は⋯⋯」
彼女は紙をそっと押し返す。
「今はまだ、“守られる”ことでやっと立ってる気がするから。もう少しだけ⋯⋯バディと一緒に、下っ端でいたいです」
バルドは一瞬だけ、表情を動かした。
⋯⋯それは、限りなく笑いに近い、ほんの一瞬のゆるみ。
「⋯⋯へっ、やっぱめんどくせぇ女だな」
「ニャー! ギルマスが照れ笑いしたニャー!」
ドアを勢いよく開けて入ってきたのは、黒猫の受付嬢・リファ。
「はぁ!? してねぇ!」
「はいはい、してたニャ。セラちゃん、見た? 今の超レア顔ニャ」
「ふ、普通の顔でした!」
「ついでに言っとくニャ! いちゃつきはギルド内禁止ニャ! シラノスさんと廊下で手つなぐの、3回見たニャ!」
「えっ、うそ、見てたの!?」
「“お前が空だ”、とか“君が希望だ”、とか、そういうのも壁越しに聞こえてるニャ!」
「し、シラノスーーーっ!!」
バルドは書類で顔を覆いながら、ため息をついた。
「⋯⋯ギルドってのはなぁ、バカと薔薇と、そういうやつらの吹き溜まりだ。お前も、やっと“バカ”の仲間入りってとこか」
その言葉に、セラは――
心から、笑った。
あの日の恐怖も、傷も、もうここにはない。
ただ信頼があり、愛があり、そして⋯⋯“居場所”がある。
(そうだ。ここが、わたしの居場所なんだ)
「――ただいま、って言ってもいいかな」
小さく呟くと、リファがふわりと笑って頷いた。
「うん。おかえりニャ、セラちゃん」
その時、扉の外から声が響く。
「セラ、リファ、こっち来いよー! お茶会始まってるぞー!」
「お茶会!? あ、あの、わたし紅茶は好きだけどその⋯⋯!」
「うるさいニャ! お茶会って言っても“鳥クッキー反省会”ニャ!」
――今日もギルドは、うるさくて、優しい。
それは誰かの翼の音ではなく、心の羽ばたきそのものだった。
そして、セラは今日も、仲間たちと笑っている。
もう逃げずに。もう隠れずに。
“空を見上げる理由”が、ちゃんと、そこにあるから。




