空を見上げる理由 7
青空の下、風がそっとギルドの中庭を撫でていく。
花が揺れ、鳥がさえずり、いつもとは少し違う静けさが、鋼薔薇の猟犬たちを包んでいた。
「――式を始めるぞ」
ギルマス・バルドのぶっきらぼうな声に、集まった面々の空気がぴんと張り詰める。
とはいえ、彼の手に持たれた書類はどこかボロボロで、「儀式」と銘打つにはあまりにも適当な雰囲気だった。
「本来、これは高位の飛行種族が“つがい”になる時の誓約だ。だがな、ハーピーだろうと人間だろうと⋯⋯めんどくせぇけど、意思があるなら、形にしてやる」
「⋯⋯ギルマス、ちょっとは言い方を⋯⋯」
リファが苦笑しながらツッコミを入れるが、それすらも今日はどこか温かい。
ギルドの中央。白い布が敷かれた台の前に、セラとシラノスが並び立っていた。
風が、二人の髪と羽根をそっと揺らす。
セラは、少しだけ緊張した面持ちで息を吐く。けれどその目は、もう怯えてなどいなかった。
「セラ」
バルドが低く名を呼ぶ。
「お前は、“死神”と呼ばれたハーピーの傍に立ち続ける覚悟があるか?」
セラはまっすぐにバルドを見つめた。
「はい。彼はもう“死神”なんかじゃありません。私にとっては⋯⋯ただの、大切な人です」
ざわり、と風が木々を揺らす。
「シラノス」
「⋯⋯ああ」
「お前は、“かつて自分が傷つけた世界”に再び手を伸ばす覚悟があるか?」
彼は静かに頷く。
「そのために、ここにいる。隣に、彼女がいるからな」
その言葉に、セラがふっと微笑む。
緊張は、もう消えていた。
「――なら、誓え」
二人は、お互いの左肩へとそっと手を伸ばした。
シラノスの黒銀の翼から、一本の羽根が抜かれる。
セラの髪に挿していた飾り羽根も、そっと外される。
ふたつの羽根が、空の下で交わる。
「羽根は、空に飛ぶためのもの。けれど、誰かと飛ぶなら――その一枚は、預け合う」
それは古くから伝わる“つがいの誓い”――命の象徴を預け合う、信頼と絆の証。
ふたりはその羽根を、互いの胸元にそっと飾り直す。
「これで、お前たちは“空の誓い”を交わした。もう逃げ場はねぇ。⋯⋯だがまあ、それが“愛”ってやつだ」
バルドがどこか照れたように鼻を鳴らした瞬間、ギルドの仲間たちから一斉に拍手が湧き起こった。
「セラちゃん! おめでとうーっ!」
「やっぱシラノスさん、キメる時はかっけぇよな!」
「ヴェスパーもハイネもつがいになれー!」
「うるさいニャ! でもおめでとうニャー!」
どこからともなく花びらが舞い、セラは驚きながらもくすくすと笑った。
「⋯⋯ねぇ、シラノス」
「なんだ?」
「私、こんなに“空”が好きになれるなんて思ってなかったよ」
「⋯⋯俺も。君の隣で、また飛べる日が来るとはな」
言葉を交わすふたりの手は、自然と重なっていた。
その様子を、少し離れた木陰から見つめていたヴェスパーとハイネ。
「⋯⋯本当に、変わったね、セラ」
ハイネがぽつりと言うと、ヴェスパーは頷いた。
「⋯⋯ああ。でも、変えたのはシラノスだけじゃない。あいつ自身の選択だ」
「うん。⋯⋯私たちも、ちゃんと進まなきゃね」
ハイネがヴェスパーの腕にそっと手を添えたとき、花がひとひら、肩に落ちた。
そしてその中心で、セラとシラノスは、まるで空そのものに抱かれるように、見つめ合っていた。
この瞬間のために歩んできた。
あの日、傷だらけの過去から目をそらさず、逃げずに空を見上げることを選んだから――
青空が、ふたりの背中を押してくれる。
「セラ」
「⋯⋯うん」
ふたりは同時に、微笑んだ。
風が羽根を運び、ギルドの空を染め上げていく。
祝福の空の下、ふたりの羽ばたきは、今まさに重なり合ったのだった。




