空を見上げる理由 4
窓の外では、夏の風がそっとカーテンを揺らしていた。
あれほど荒れ狂っていた空が、今は嘘のように静まり返っている。
セラは椅子に座ったまま、そっとシラノスの手を握っていた。
寝台の上。彼は目を閉じたまま、規則的な呼吸を繰り返している。
「⋯⋯生きててくれて、ありがとう」
震える声が、空気の中に滲む。
あの戦いのあと、仲間たちが駆けつけ、暴走していた敵は拘束された。
すべてが終わったわけではない。
でも、今この瞬間――彼が生きている、それだけで、胸がいっぱいだった。
「ねえ、シラノス⋯⋯」
そっと顔を寄せる。
目覚めない彼の顔を見つめながら、セラはこぼれそうな言葉を口にする。
「⋯⋯まだ、あなたとやりたいこと、たくさんあったのに」
シラノスが前線に出たとき、彼女は覚悟していた。
でも、どれだけ覚悟していても、置いていかれるのは怖かった。
「こんなに好きなのに⋯⋯ねぇもう一度一緒に飛ぼうよ⋯」
ぽろり、と涙がこぼれる。
繋いだ手にそっと頬を寄せて、祈るように囁いた。
「だから、お願い⋯⋯目、覚まして⋯⋯」
――その時だった。
ごく微かに、握っていた指が動いた。
セラははっとして顔を上げる。
「⋯⋯っ、シラノス?」
薄く目蓋が震える。
やがて、鈍く光る銀の瞳が、ゆっくりと開かれた。
「⋯⋯セラ?」
その声はかすれていたけれど、確かに、彼のものだった。
セラは言葉にならない歓喜を飲み込み、思わず涙をあふれさせる。
「ばか⋯⋯! 心配させて⋯⋯!」
涙混じりに怒鳴って、でも、次の瞬間には彼に抱きついていた。
傷に触れないよう、そっと胸に顔を埋めながら、何度も呟いた。
「よかった⋯⋯生きててくれて⋯⋯」
シラノスは少し戸惑いながらも、ゆっくりと彼女の背中に腕を回した。
「⋯⋯ごめん。戻ってこれて、よかった」
セラは顔を上げる。
そして、涙に濡れた瞳で、まっすぐ彼を見つめた。
「ねえ、ちゃんと聞いて⋯。」
小さく息を吸って、想いを込めて告げる。
「好き。⋯⋯あなたのことが、大好き」
その言葉に、シラノスの表情が、ふっと緩んだ。
「……うん。俺も、セラが好きだよ」
互いの手が、ぎゅっと強く結ばれる。
戦いの傷は深くても、心は――確かに繋がっていた。
「もう、どこにも行かないでね」
セラの呟きに、シラノスは微笑んで頷く。
「俺の翼は、もう“逃げるため”のものじゃない。君を守るために、あるんだ」
――空を背負ったその日から、二人はもう、恐れるものなどなかった。
その手のぬくもりが、確かに未来へと続いていた。




