真実の羽ばたき 15
最終任務の前夜、ギルドはまるで嵐の前の静けさに包まれていた。
人々の笑い声も、武器の音も、まばらだ。誰もが息を潜め、夜の帳が降りるのを待っているかのようだった。
屋上に出たセラは、ひんやりとした空気に肩をすくめる。
けれど、その隣に寄り添う影があるだけで、不思議と心が落ち着いていた。
「寒くないか?」
シラノスがそう言って、自分のマントの端を広げる。
「⋯⋯少しだけ、借りる」
セラは遠慮なくその布にくるまり、彼の肩に頭を預けた。
空を見上げると、雲ひとつない夜空に、星が瞬いていた。
「不思議だな」
「何が?」
「こうやって空を見てるだけで、明日がどうなっても平気だって思えるの。⋯⋯怖くないって言ったら嘘だけど」
セラの呟きに、シラノスは静かに頷いた。
「俺も⋯⋯今夜は、何も隠さない」
そう言うと、彼はゆっくりと話し始めた。
かつて“銀の死神”と呼ばれていた頃のこと。
生き残るために命を奪い、背にある羽が血で重くなっていった日々。
笑うことも、夢を見ることも許されなかった過去。
「――あのとき、まだ子供だった君に出会わなければ、俺はきっと、今でも“死神”のままだった」
セラは静かに顔を上げる。
その瞳には、涙も、怯えもなかった。ただ、深い慈しみだけが灯っていた。
「あなたは⋯⋯もう、誰かを守るためにしか羽ばたかないって決めたんでしょう?」
「⋯⋯ああ」
「なら、それがあの頃のあなたにとっての、せめてもの希望だったんだと思う」
セラはそう言って、マントの中から手を伸ばす。
その指先が、シラノスの頬にそっと触れた。
「あなたがどんな過去を持っていようと、今のあなたが、私の隣にいる。それがすべて」
風が吹き抜ける。空の高みで、どこか遠くの鳥が羽ばたいた音がした。
けれど、セラは笑った。
「⋯⋯羽音、怖くないな。むしろ、嬉しいくらい」
その笑顔に、シラノスは心から安堵したように目を細める。
「セラ」
彼女の名前を呼び、手を取る。
「明日、何があっても俺は君を守る。翼が砕けても、この手がちぎれても――君だけは絶対に」
「⋯⋯そんな約束、いらないよ」
セラはぎゅっと彼の手を握り返した。
「だって、私も戦うから。あなたと一緒に。⋯⋯逃げないって決めたの。怖がってるだけじゃ、もう誰も守れないって知ったから」
そして、優しく、でもはっきりと告げる。
「一緒に、飛ぼう。空を、未来を、この手で掴みにいこう」
シラノスの胸が震えた。かつて、誰かにそう言われる日が来るなんて思いもしなかった。
罪の重さも、羽根の汚れも、すべてを受け入れて――それでも一緒に飛ぼうと言ってくれる人がいることに。
彼は黙って頷き、セラをそっと抱き寄せる。
背にある銀と黒の羽根がゆるやかに揺れ、風と共に舞った。
星々の静寂の中で、二人の鼓動だけが確かに響いていた。
これは、戦いの前のひととき――
羽音さえも優しく聴こえる、静かな夜だった。




