真実の羽ばたき 14
ギルドの会議室は、異様な緊張感に包まれていた。
黒薔薇の印を持つ任務書が、テーブルの上で風もないのにかすかに揺れている。
「⋯⋯これは、暴走している。明らかに“誰かの意思”で操作されている黒薔薇任務だ」
ギルマス・バルドの低い声が響く。
報告書によれば、最近いくつかの地方ギルドで、黒薔薇の任務が“処分命令”や“粛清”という名目で実行され、一般市民まで巻き込まれていた。
「このまま放っておけば、“鋼薔薇の猟犬”の名が、血に塗れた過去に逆戻りするぞ」
ギルド内に沈黙が落ちた。
その中で、セラが一歩前に出た。
「その任務、私たちにやらせてください」
隣に立つシラノスも、無言で頷く。
二人の間にあるのは、もう言葉のいらない絆だった。
「お前ら⋯⋯」
バルドが苦虫を噛み潰したような顔で腕を組む。
「相手はおそらく、“黒薔薇任務”を私物化した内部の裏組織。命を拾える保証はねぇぞ?」
「それでも構いません」
セラの瞳は揺るがなかった。
「黒薔薇を背負ってきた人たちの痛みも、後悔も、少しだけど知りました。⋯⋯だからもう、誰かの勝手な正義で“薔薇の棘”が向けられるようなことは、止めなきゃいけない」
シラノスが口を開く。
「そして何より⋯⋯セラが、その羽根を誇って歩いていけるようにしたいんだ」
恋人として、バディとして。
この任務を選んだ理由は、ただ“戦うため”ではなかった。
「この件、正式に黒薔薇任務・特別再調査指令とする。――ただし」
バルドがゆっくりと歩み出ると、二人に向かって一枚の紙を差し出した。
それは“黒薔薇契約書”。血によるサインを必要とする、最も重い誓約の一つ。
「自分の“牙”を信じられなくなった時は、すぐに戻れ。それだけは約束してくれ」
シラノスが先に、右手の指先を小さく切り、血で名を記した。
そして、セラも迷いなくペンを握る。
「セラ--この命と、この羽根にかけて、約束します」
契約が交わされた瞬間、書類の黒薔薇紋が一瞬だけ赤く光った。
その夜。
出発の前に、二人はギルドの屋上にいた。
星の瞬きが空に散りばめられ、セラはそのひとつを指差す。
「⋯⋯昔、こんなふうに夜空を見上げるのが怖かった。鳥の羽音を思い出すから。でも、今は違う」
「なぜ?」
「空にあなたがいるって思えるから」
シラノスの目が柔らかく細まった。
「俺も同じだよ。昔は、飛ぶたびに罪の重さに潰されそうだった。けど今は――」
言葉を切ると、彼は腰に差した袋からひとつの羽飾りを取り出した。
それは、以前セラが落としていた“誓いの羽根”だった。
「――これは、君が恐怖を乗り越えた証だ。⋯⋯この先どんな戦いが待っていても、俺は君の隣にいる」
セラがそれを両手で受け取り、胸元にそっと当てた。
「ありがとう、シラノス。⋯⋯私、もう逃げないって決めたから」
ふたりは、手を繋いだ。
夜の風が吹き抜ける中、金と茶色の瞳が静かに見つめ合い、強く、確かに未来を誓い合った。
黒薔薇の棘に立ち向かう戦いは、今――
“愛”と“信念”を翼にのせて、始まろうとしていた。




