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空を見上げる理由  作者: 桜鬼
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真実の羽ばたき 13

 ギルドの地下倉庫。普段は誰も入らないその部屋の扉が、今、軋んだ音を立てて開かれた。

 蝋燭の光が揺れ、埃と古びた紙の匂いが空気を包む。


 


 「ここは⋯⋯?」


 


 セラが思わず声を漏らす。

 そこには、年代ごとに分類された記録の山。ギルド設立からの戦歴、成功した任務、失敗の記録――そして、封印された“黒薔薇任務”の報告書が収められていた。


 


 「見せてやるよ」


 


 先に足を踏み入れたギルマス・バルドが、古い木箱を引き出す。

 箱には深紅の刻印と、1本の銀の牙――「鋼薔薇」幹部だけが開けることを許された印が刻まれていた。


 


 「これは、俺がまだ“駆け足猟犬”だった頃の記録だ」


 


 箱の中から、数枚の手紙と、血に濡れたような紙が出てくる。そこには、ひとつの任務の詳細が記されていた。


 


 【黒薔薇任務記録 第26号】

 任務対象:反逆者とされた元ギルド員5名の処分

 実行部隊:銀の死神シラノス、影穿ちのアグナ、風断ちのミルク、蒼狼のラド、紅爪のカルマ


 


 セラが、その名の並びを指でなぞむ。


 


 「⋯⋯処分、って⋯⋯これ⋯プロローグ仲間、だったんじゃ⋯⋯」


 


 「その通りだ」


 


 声を落としたのは、シラノスだった。

 彼の金の瞳が、炎の揺らめきに照らされて、いつになく静かに沈んでいる。


 


 「“黒薔薇任務”の闇は、あの時、俺たちを飲み込んだ。――あの五人のうち、生きて帰ったのは俺だけだった」


 


 セラは顔を上げる。




「え⋯⋯?」


 


 「最初の命令は、“敵対組織に寝返った可能性のある内部者を討て”というものだった。けど、違った。全員、俺たちを信じて最後まで味方でいようとしてた」


 


 沈黙が落ちる。


 


 「⋯⋯裏切ったのは、“命令”の方だったんだな」


 


 バルドが苦く笑う。


 


 「ギルド内部の権力争い、利権、保身。そういうものに利用されたんだよ、あの“黒薔薇”って印は」


 


 セラは、何も言えずに膝をついた。

 冷たい床に手をつき、震える声で呟く。


 


 「命を懸けて、仲間を信じて、それでも⋯⋯報われなかったなんて⋯⋯そんなの、悲しすぎるよ⋯⋯」


 


 シラノスは、彼女の傍にゆっくりと膝をつき、肩に手を置いた。


 


 「俺は今も、彼らの声を覚えてる。笑い声も、叫びも、最後の言葉も」


 


 セラの目から、涙がこぼれ落ちた。


 


 「どうして⋯⋯そんな過去を背負って、それでも人を助けようとするの⋯⋯?」


 


 「⋯⋯たぶん、あの日、死に損なったからだよ」


 


 自嘲気味に笑って、シラノスは続ける。


 


 「生き延びてしまった俺が、せめて“何か”を残さないと、彼らが死んだ意味がどこにも残らなくなる気がしてさ。⋯⋯だから俺は、もう殺すためじゃなく、守るために羽ばたこうと思った」


 


 セラはその言葉に、また新たな涙を流した。


 


 「あなたが⋯⋯その信念を貫いてくれて、本当に良かった」


 


 


 静かに、バルドが最後の手紙を取り出す。

 それは、シラノス宛に書かれていた、戦友・アグナの遺書だった。


 


 【――生きろ、シラノス。

  もしお前がいつか、“羽根に誇りを持てる日”が来たなら、俺たちの分まで空を飛べ】


 


 手紙を読み終えた後の沈黙は、重く、深かった。

 けれどその沈黙の中で、セラはそっとシラノスの手を握る。


 


 「あなたは、ちゃんと飛べてるよ。⋯⋯今も、誰かを守る翼で」


 


 彼の手が、少しだけ震えた。


 


 


 その夜、セラはひとり部屋で日記を開いた。


 


 《あの人が過去に何をしてきたのか、ようやく少しだけ分かった気がする。

 けど、どれだけ過去が重くても、私は――》


 


 《今の彼が好き。

 そしてこれからも、傍にいたい。》


 


 インクがにじんだその言葉は、セラの中にある悲しみも、愛しさも、全部を包んでいた。


 


 “黒薔薇の棘”が刺した痛みは、きっと、誰の中にも残っている。

 でもその棘の先に咲く“希望の花”があることも――彼女は信じていた。




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