真実の羽ばたき 12
薄曇りの空の下、セラとシラノスは、指定された廃村へと足を踏み入れた。
かつて交易路の中継地として栄えていたその村は、今では風すら怯えるように木々を揺らすだけの、沈黙の谷となっていた。
「依頼主不明の黒薔薇任務⋯⋯この村に飛行魔獣が潜んでるって話だけど」
警戒しながら周囲を見渡すセラの横で、シラノスは立ち止まり、目を細める。
「⋯⋯感じる。違和感、というより、懐かしい匂いだ」
その瞬間、乾いた足音が二人に近づいた。
「やっぱり、お前が来たか――“銀の死神”」
セラの背筋が凍る。
廃屋の影から姿を現したのは、漆黒の鎧に身を包んだ男。
シラノスと同じく、ハーピーの血を引いているらしい背中の翅――けれど、左右で羽根の色が違っていた。
「⋯⋯ヴァルルド」
シラノスが静かに名を呼ぶ。
それは、彼がかつて傭兵団にいた頃、ともに“死神の羽”を冠して戦った戦友――否、今は袂を分かった敵だった。
「ここへ来たってことは、ようやく“気づいた”か? 黒薔薇が終わってなどいないってことに」
ヴァルルドの声音はどこか悲しげで、しかし怒りに満ちていた。
「黒薔薇の印は、ギルドが統制していたはずだ。だが今や、別の誰かがその名を使って“清掃”をしている。“不要な者”を消すための任務に、あの紋章が使われている」
「⋯⋯それは、ギルドの意志じゃない」
セラが震える声でそう言うと、ヴァルルドは彼女に視線を向け、皮肉な笑みを浮かべた。
「お前が“死神が恋した少女”か。何も知らずに、よくもあいつの傍にいられるものだ」
セラが言葉を失ったその時――シラノスが、一歩前に出る。
「彼女に牙を向けるな。⋯⋯俺がすべての責任を背負っている」
「なら、お前が止めろ。“あの組織”を、“まだ続けている奴ら”を。死神の名で汚れた牙が、どれだけの命を奪ってきたか――お前がいちばん知ってるだろう?」
ヴァルルドは一通の紙を差し出す。それは、闇取引の証拠となる“偽黒薔薇任務”の名簿だった。
「⋯⋯シラノス。もう逃げられないぞ。俺たちは“あの日”から、ずっとあの紋章に呪われている」
そう言い残し、彼は風の中へと消えた。
ギルドへ戻ったセラとシラノスは、バルドに事のすべてを報告した。
黙って聞いていたギルマスは、やがて深く息を吐き、懐から一枚の紙を取り出す。
「これが、“黒薔薇の原本”だ」
それは、血のような深紅の薔薇に、狼の牙が交差する印――ギルドの最上位任務にのみ使用される、本物の紋章。
「この印はな⋯⋯元々は“最も信頼する者にしか託さない、命を懸けた任務”の証だった。裏切られたら、死ぬ任務。選ばれし者だけが手にする、“棘の誓約”だったんだ」
リファがそっと口を挟む。
「でも、いつからか、その誓約が“利用”され始めたニャ。裏では、別の意味で“選ばれた者”が、勝手に使い始めて⋯⋯」
「それが、今の“偽黒薔薇”か」
セラの声はかすれていた。
バルドはゆっくり頷いた。
「俺がギルドを引き継いだ時、すでに“二つの黒薔薇”があった。一つは、仲間の信頼を試すもの。もう一つは、誰かの“始末”を命じる闇の契約書。⋯⋯前ギルマスは、何も言わずに逝った」
「⋯⋯なら、終わらせよう。今こそ、本当の“黒薔薇”を取り戻す時だ」
シラノスが静かに立ち上がる。
「俺の過去が理由で、今も誰かが命を落としてるなら――その責任は、俺が果たす」
セラはその背中を見て、迷わず彼の横に立った。
「わたしも、行くよ。だって⋯⋯あなたはもう、“銀の死神”じゃない。私のバディで、恋人で、ずっと――守ってくれた人だから」
バルドは無言で二人を見つめ、やがてニヤリと笑った。
「――“鋼薔薇”の名にかけて。次の任務、お前らに託す」
本当の“黒薔薇”を咲かせるのは――命ではなく、信頼と愛の証でなければならない。
二人の目には、決意の炎が宿っていた。




