真実の羽ばたき 11
ギルド「鋼薔薇の猟犬」では、黒薔薇任務成功の余韻がまだ続いていた。
セラの克服に皆が胸を打たれ、祝杯の名残がまだ食堂の片隅に残っている。だがその一方で、ギルドマスター・バルドの眉間には、ここ数日ずっと皺が寄っていた。
「⋯⋯これは、どういうことだ」
ギルドの奥、彼だけが入れる書庫にて。
机の上には、最近報告された“黒薔薇任務”の複製依頼書が数枚、広げられていた。
黒い薔薇の印。けれど、微妙に違う。
「薔薇の棘の本数が⋯⋯一本多い」
バルドが小声で呟くと、傍らで控えていたリファが不安げに耳を伏せた。
「気づいたのは、最近ですニャ。提出された依頼の中に、紋章の形が違うものが混じっていて⋯⋯」
ギルドの任務文書は、リファとギルマスの二重管理下で処理される。だからこそ、細かな差異に気づけたのだ。
「受注者は?」
「⋯⋯ほとんどが、他ギルドからの流れ者や、滞在許可のない者たちですニャ。妙に高額の報酬が提示されていて⋯⋯」
バルドの顔が険しくなる。
黒薔薇任務――本来は、ギルドが選抜した高難度任務。意味もなく貼られるものではない。
その象徴が、何者かに“模倣”されているということは――ギルドの名と威信を利用されている、ということに他ならない。
「⋯⋯誰が、こんなマネを」
一方、セラはいつものようにシラノスと任務帰りの荷を片付けていた。
けれど、ギルドの空気がどこか妙に静かであることに気づく。
「⋯⋯リファさん、なんか変だよね?」
「うん。さっきから、ずっと受付にこもってるし⋯⋯」
タイミングを見て、セラはそっとリファのところへ行く。
書類の山の中で唸っているリファに声をかけた。
「リファさん、なにかあったの?」
リファはぎこちなく笑い、けれどすぐに打ち明ける。
「⋯⋯黒薔薇任務の偽物が、混ざってる可能性があるニャ」
「偽物?」
「ギルドの紋章を勝手に使って、別の目的で魔物討伐を依頼したり、特定の人間を“処理”させようとしたり⋯⋯ニャ」
その言葉に、セラの背中を冷たいものが走った。
もしその任務が、“誰かを消すため”に使われていたとしたら――それはもう、単なる模倣ではない。
ギルドの名を騙った、犯罪行為だ。
「ギルマスは、知ってるの?」
「⋯⋯気づいてるけど、まだ確証がないニャ。下手に動けば、“ギルド内の情報が漏れてる”とバレるニャ⋯⋯」
だからこそ、動けない。証拠が出るまでは――静かに、内部で調査するしかない。
「ねぇ⋯⋯リファさん。私たちが受けた黒薔薇任務に、変な点ってなかった?」
「⋯⋯セラちゃんが受けたやつは、全部正規ルートだったニャ。でも、気になる任務が一つある⋯⋯」
数日後。
バルドはセラとシラノスを呼び出し、言った。
「一件、精査してほしい任務がある」
黒薔薇の紋章付き。内容は、“遺跡に棲みついた飛行魔獣の殲滅”。
だが、依頼主の名前も身元も曖昧で、提出ルートも不明瞭。
「偽物の可能性がある任務、ってこと⋯⋯ですか?」
セラが問うと、バルドは頷いた。
「そうだ。お前たちなら見抜ける。⋯⋯この任務の先に、本当の“黒薔薇”が潜んでるかもしれねぇ」
その言葉の裏には、もっと深い意味があることを――セラはなんとなく感じていた。
「シラノス、行こう。調べる価値、あるよね」
セラが振り返ると、シラノスは静かに頷いた。
「⋯⋯ああ。もう一つの“黒薔薇”が、何を咲かせようとしてるのか――確かめる価値はある」
不穏な風が、ギルドの中を吹き抜けていた。
それは、再び過去の闇を呼び起こす、嵐の前触れだった――。




