表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空を見上げる理由  作者: 桜鬼
4/74

鋼薔薇の猟犬 3

 任務から戻ったギルドの食堂には、パンの香ばしい匂いと、午後の日差しが差し込んでいた。


 だが、セラの足取りはどこかぎこちない。


 


 (⋯⋯歩いただけで、足が棒みたい⋯⋯)


 


 身体ではなく、精神の疲労が重い。  護衛任務そのものは順調だった。だが問題は、それとは別の“音”だった。


 


 羽音。


 それがどこからか聞こえるたびに、身体が凍りつく。


 


 「セラ、大丈夫?」


 


 隣を歩いていたシラノスが、そう声をかけてくる。  大きな羽は今も収納されているが、歩くと微かに風を運んでくる。匂いも、音も。⋯⋯あまりに近くて、怖い。


 


 「⋯⋯大丈夫です。任務、完了しましたから」


 


 そう言いながら、テーブルの椅子に腰掛ける。できるだけ距離をとって。


 シラノスは気にした様子もなく、斜め向かいに座った。


 


 「疲れた?」


 「⋯⋯少しだけ、です」


 


 ぎこちない会話。  だけど、彼は笑みを崩さない。


 


 「セラは、オレのことが怖い?」


 


 その問いに、心臓が跳ねた。


 


 「⋯⋯怖いのは、“羽音”です」


 


 気づくと、セラは口にしていた。  正直すぎる本音だった。


 けれど、嘘ではない。


 


 「君の羽が、怖い。見えなくても、音で分かる。鼓膜の奥に、何かが刺さるような感じがするんです⋯⋯」


 


 自分でも気づかないほど小さな声だったのに、シラノスはきちんと聞き取った。


 彼はほんのわずかだけ視線を伏せ、そして言った。


 


 「ありがとう。正直に言ってくれて」


 


 その言葉に、セラは驚いた。


 


 「⋯⋯怒らないんですか? 嫌だとか、思いません?」


 


 「思わないよ」


 


 きっぱりとした返答だった。


 彼の笑顔は穏やかで、どこまでも真っ直ぐだった。


 


 「オレにとって、羽は誇りだけど──それを“怖い”って言われて、落ち込むよりも⋯⋯どうすれば怖くなくなるか、考える方が大事だと思うんだ」


 


 (どうして、そんなふうに⋯⋯)


 


 セラは、目の奥が熱くなるのを感じた。


 怖いのは羽音。  でも、彼自身の声は、不思議と落ち着く。


 


 「⋯⋯嫌い、じゃないんです。あなたのこと」


 


 ぽつりと、こぼれるように言葉が出た。


 シラノスの目が少し見開かれたが、すぐにふわりと笑ってくれた。


 


 「それなら、少しずつでいい。君の歩くペースで──一緒に進もう」


 


 その笑顔に、胸の奥がきゅっとなった。


 その瞬間──


 


 「鳥談義は任せるにゃー!!」


 


 食堂の扉が勢いよく開き、リファが羽毛まみれのクッションを両手に抱えて突進してきた。


 


 「セラ、聞くニャ! 本日入荷の最高級“金羽コッコ”の羽根布団! 飛ぶにゃ! 空も飛べるにゃ!」


 


 「無理無理無理無理!!」


 


 セラは反射的に椅子を倒し、身を翻して逃げ出した。


 


 「鳥の話題は、まだ早いって言ったニャ~~!」


 


 リファの叫びが食堂に響く。


 シラノスは笑いを噛み殺しながら、逃げ去るセラの背中をそっと見つめていた。


 


 まだ距離はある。けれど、それは嫌悪じゃない。


 彼女の中に芽生えた、“怖いけど、嫌いじゃない”という感情。


 それこそが、ほんの少しだけ近づいた、確かな一歩だった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ