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空を見上げる理由  作者: 桜鬼
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真実の羽ばたき 10

 ギルド本部の掲示板に貼られた一枚の黒薔薇任務。


 それを真っ先に手に取ったのは――セラだった。


 


 「⋯⋯この任務、私が受けます」


 


 受付にいたリファが、一瞬目を瞬かせる。


 「えっ、セラちゃん、それ⋯⋯黒薔薇任務ニャよ? 対象は“ミストウイング”⋯⋯飛行型の群れニャ」


 


 鳥系。しかも群れ。


 数か月前の彼女なら、絶対に目を背けていたであろう任務だ。


 けれどセラは、手にした依頼書を胸に抱えたまま、迷いなく言った。


 


 「うん。大丈夫。もう逃げないって、決めたから」


 


 リファの尻尾がふるふると震え、にっこり笑う。


 


 「⋯⋯ほんと、強くなったニャ」


 


 


 




 


 


 任務当日。


 目的地は、街道沿いの断崖に群れをなす“ミストウイング”の掃討。


 かつて交易隊を襲い、荷を奪うことで知られた知能の高い飛行魔物だ。


 


 だが今回は、セラ自身が前線に立っていた。


 崖上から舞い降りる翼の影――咄嗟に剣を構え、鋭い一撃で牽制する。


 


 「来ないでって言ってるの!」


 


 凛とした叫びと同時に、背後からシラノスの援護射撃。黒銀の羽が風を裂く。


 彼の存在がセラの背を支える。だが、あくまで主導は彼女だった。


 


 任務は三時間にも及んだ。乱戦、攪乱(カクラン)、追撃。


 それでもセラは崩れなかった。


 かつてパニックに飲まれていた面影は、もうどこにもなかった。


 


 最後の1体を仕留めたとき、彼女は汗をぬぐい、静かに息を吐いた。


 


 「⋯⋯終わった、ね」


 


 その隣に立つシラノスが、誇らしげに笑う。


 


 「お疲れさま、セラ。よくやった」


 


 「⋯⋯うん、ありがとう」


 


 小さく手を重ねた。二人の間に流れる空気は、もう「恐怖」ではなかった。


 


 


 




 


 


 ギルドに帰還すると、待っていた仲間たちが一斉に拍手で迎えた。


 


 「セラ! 黒薔薇任務、無事成功だって?」


 


 「すげぇじゃん! あんなに鳥ダメだったのに!」


 


 「おい、記録係! この日付、絶対書いとけよ!」


 


 わらわらと集まってくる仲間たちに、セラは苦笑するしかなかった。


 


 「もう、みんな大げさだってば⋯⋯」


 


 それでも、その笑顔はどこか誇らしげだった。


 かつて、鳥の羽根一枚に怯えていた少女が、今は仲間の中心に立っている。


 


 「セラ〜〜〜!」


 


 走ってきたのはハイネ。手には瓶入りの果実酒。


 


 「この日を祝わずして何を祝うってんだ! 今日はセラの克服記念日だろ!」


 


 「記念日って⋯⋯もう、変な名前つけないでよ⋯⋯!」


 


 それでも笑って受け取る。果実酒の瓶は、みんなの祝福の証だった。


 


 


 その輪の少し外で、壁にもたれかかって様子を見ていたヴェスパーに、ハイネが声をかけた。


 


 「何黙ってんのよ。あんたもこっち来なさいって」


 


 「⋯⋯いや。俺は、いい」


 


 そう言いながらも、ヴェスパーの目は細められていた。


 喧騒の中、祝福を浴びるセラを見て――彼は、はじめて本当の意味で「祝う」という感情を理解した気がした。


 


 「⋯⋯良かったな、セラ」


 


 その小さな呟きは、誰にも聞こえなかったけれど、たしかに空へと溶けていった。


 


 


 夜になっても、ギルドは祭のような騒ぎだった。


 けれどその片隅、二人きりになったセラとシラノスは静かに話していた。


 


 「⋯⋯ほんとに、私⋯⋯やれたんだね」


 


 「うん。間違いなく」


 


 「怖かったけど⋯⋯でも、それ以上に、隣にいてくれたから。私⋯⋯飛べないけど、ちゃんと歩けるよ」


 


 「⋯⋯歩く必要もないよ」


 


 そう言って、シラノスはふわりと羽を広げた。


 


 「君が望むなら、いつでも空へ連れていく」


 


 セラは笑った。


 けれど、それはかつてのような遠慮でも憧れでもない――「隣にいていい」と思える確信だった。


 


 “共にある日々”は、まだ始まったばかりだった。



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