真実の羽ばたき 7
静かな夜だった。ギルドの廃教会には灯りが少なく、星の瞬きだけが天井の割れた窓から差し込んでいた。
「⋯⋯で、どうするんだ、お前」
ギルドマスター、バルド・フォングリムは椅子にもたれ、煙草を指先で転がしている。その前に立つのは、黒銀の羽を持つ男――シラノスだった。
「“鋼薔薇”に昇格してもらう。拒否権はねぇぞ。三回以上黒薔薇任務を完了、部下からの信頼も厚い。過去がどうであれ、お前に資格はある」
「⋯⋯ありがたいお言葉だ」
シラノスは小さく微笑む。だがその笑みに、どこか悲しさが混ざっていた。
「でも、俺には⋯⋯“必要ない”んです」
バルドの眉がぴくりと動いた。
「⋯⋯は?」
「今の俺に必要なのは、階級じゃありません。紋章の飾りでも、名前の肩書でもない」
その瞳は、かつて死神と呼ばれた男のものではなかった。どこか穏やかで、あたたかく、けれど決して揺らがない光を宿していた。
「――俺にとって、守るべきものはひとつだけです。彼女が笑って、空を見上げられる日々を、そばで支えたい。ただ、それだけでいいんです」
バルドはしばし黙っていた。煙草の先が赤く光り、静かに灰を落とす。
「⋯⋯ずいぶん、丸くなったな、銀の死神」
「もう“死神”じゃありませんよ」
「ほぉう?」
「彼女が名付けてくれました。“風の護り手”だと」
言葉に出すと、自然と微笑んでしまう。その顔があまりに優しすぎて、バルドは顔をしかめた。
「⋯⋯惚気るな。殺すぞ」
「もう惚れてるので、殺されても本望です」
「めんどくせぇ!!」
バルドが机を思いきり叩く。だがその怒鳴り声の奥には、呆れと少しの安堵が混じっていた。
「⋯⋯じゃあせめて、表向きだけでも“昇格検討中”にしてやる。外から狙われる身ってのは変わんねぇんだからな」
「⋯⋯それなら、お願いします」
「ただし――」
バルドが煙草をくわえ直す。
「“鋼薔薇”の称号は、覚悟の証だ。お前がもう一度、命の天秤に乗る時が来たら⋯⋯そのときこそ、引き受けてもらうぞ」
シラノスは真剣な表情でうなずいた。
「そのときは、必ず」
会話を終え、ギルドを出ると夜風が頬を撫でた。
空には満月が浮かんでいる。雲はなく、どこまでも晴れた空だった。
その下で、セラがひとりベンチに腰掛けていた。
「⋯⋯遅かったね」
「ごめん。少し、話し込んでた」
彼女の隣に座ると、セラは黙って空を見上げた。
「ねぇ、幹部⋯⋯断ったんでしょ?」
シラノスは驚いたように目を見開いた。
「なんで、わかったの?」
「なんとなく。あなたが“階級”で動く人じゃないって、もう知ってるから」
セラの声は穏やかだった。怒りも責めもない。ただ、寄り添うような言葉だった。
「でも⋯⋯ありがとう。私を守るって、そう言ってくれたこと。ちゃんと伝わったから」
彼女がそっと、自分の指先をシラノスの手に重ねる。
「私も、あなたを守りたいよ。あなたが過去に何をしてきたとしても、今のあなたが、誰かを想って笑えるなら、それがすべてだと思うから」
夜風が、彼の黒銀の羽を揺らす。
羽の根元には、小さな薔薇の紋章――“鋼薔薇”の試作バッジが、そっと刺されていた。
それは彼が断った階級の証であり、同時にセラの想いが咲かせた薔薇でもあった。
“守るための羽根”は、確かにそこに咲いていた。




