真実の羽ばたき 6
灰色に濁った雲の下、岩の裂け目を縫うように進む二人の影があった。
鋭い視線を前に向ける黒髪の男と、その横を軽やかに歩く桃色の少女。
「あんた、ほんとに喋らないね」
ハイネのぼやきに、ヴェスパーは片目だけで彼女をちらりと見た。
「喋る理由がなかっただけだ」
「今はあるの?」
「⋯⋯ないわけでもない」
任務は、廃坑に巣食った地竜の幼体を討伐するというもの。といっても、地竜の幼体は狡猾で、狭い空間に潜んでは冒険者を引き裂いていた。
ギルドでも上位クラスの二人が組まされたのは、それなりの理由がある。
「⋯⋯あのとき」
ヴェスパーがぽつりと呟く。
「シラノスとセラが焚き火で話してたとき。俺、お前に“振られた”って言ったよな」
「うん、言ってたね。で?」
「⋯⋯あれ、案外平気だったんだ」
ハイネは少しだけ目を見開いた。
意外だった。いや、彼が自分の“感情”を言葉にすること自体が、何よりの驚きだった。
「なんで?」
「たぶん――それが、俺の“本気”じゃなかったからだ」
しばらく沈黙が降りた。
ヴェスパーは岩を軽々と飛び越え、振り返らずに言葉を続ける。
「⋯⋯俺は、裏切りで生きてきた」
「裏切られる前に裏切る。牙を見せる前に、爪を隠す。誰も信じず、誰にも信じられずにいた」
その背中が、ほんの少しだけ寂しげに見えた。
「セラに惹かれたのは⋯⋯きっと、“信じた”誰かに、初めて会えた気がしたからだ。でも、信じられなかった。あの時の俺は、自分の想いすら疑ってた」
ヴェスパーが振り返る。
その金色の瞳が、まっすぐハイネを見ていた。
「けど――お前を見てると、変な気分になる」
「どんな気分?」
「⋯⋯わからない。けど、嘘をつきたくなくなる」
ハイネはふっと笑った。
風が頬を撫でる。険しい山道も、どこか柔らかく見える気がした。
「じゃあ、今の気持ち、嘘じゃない?」
「⋯⋯たぶんな」
二人の間を、風が通り過ぎた。
そのとき、岩陰から飛び出した地竜の幼体が、二人に襲いかかった。
「来たっ!」
ハイネが素早く短剣を抜く。だが、次の瞬間には、ヴェスパーの影が風のように動き、地竜の顎を蹴り上げた。
「⋯⋯あんた、素手なの?!」
「牙はある。必要なら、見せる」
ヴェスパーの爪が、鋭く光る。鋼のように硬化したその一撃が、地竜の鱗を砕いた。
あっという間の連携だった。
二人は息を切らしながらも、笑い合う。
「裏切らないって、こういうこと?」
ハイネの言葉に、ヴェスパーは頷いた。
「俺は、もう逃げない」
「そう。なら、もうひとつ言っとく」
ハイネが、彼の胸元を指先で押した。
「人間相手に、心を開くのって、めちゃくちゃ怖いんだからね」
「知ってる。けど、お前だから、開いてもいい気がした」
それは、彼なりの“告白”だった。
不器用で、回りくどくて、でもまっすぐで。
ハイネは唇を噛んだあと、にこりと笑った。
「ありがと。ちゃんと受け取った」
ヴェスパーの頬が、風に紛れて赤く染まる。
だが、彼はそれを隠すことなく、誇らしげに立っていた。
――もう誰も、裏切らない。
その言葉は、ようやく彼の中に根を下ろし始めていた。




