真実の羽ばたき 4
翌朝、セラはギルドの朝礼にも姿を見せなかった。
その代わりに向かったのは、塔の中庭。
目を腫らしたまま、彼女は静かにベンチに腰を下ろし、昨夜の小箱を抱き締めていた。
風が吹くたび、羽飾りが淡く揺れた。
シラノスの過去――“銀の死神”の名の記録と、彼の手紙。
すべてを知ってしまった今、心は複雑だった。
「⋯⋯怖いと思ったら、終わりだよね」
ぽつりと自嘲する。
昨日までの自分なら、きっとこのまま逃げていた。
けれど今の彼女は、“もう逃げない”と誓ったばかりだった。
だからこそ――迷っていた。
やがて、影が差す。
その気配だけで、誰かが立っていると分かる。
「⋯⋯読んだんだな」
シラノスの声だった。
俯いたまま、セラは頷く。
「ごめん、勝手に⋯⋯」
「いや。ギルマスが渡したなら、読む資格がある。俺は⋯⋯それを止めなかった」
静かな沈黙が落ちる。
何かを言うには、あまりにも言葉が重たすぎた。
「どうして⋯⋯黙ってたの?」
ようやく絞り出した問い。
「⋯⋯話して、どうなる? 君が怯えて、また俺を避けるなら――それが一番、怖かった」
セラはその言葉に胸を衝かれる。
「本当に⋯⋯たくさんの命を奪ったの?」
「⋯なんでああ。言い訳はしない。どれも、俺が選んだ」
静かに、しかし確かな覚悟で返された言葉に、セラは息を詰めた。
怒りがないわけじゃない。恐怖もあった。
でも、それよりも強く、胸を締めつけたのは――悲しさだった。
「⋯⋯私、ずっと、あなたのことが⋯⋯怖かった。最初は鳥だからってだけじゃなくて、なんだか――近づいたら壊れてしまいそうで」
「そう見えてたなら、正解だ」
彼は苦笑しながら肩をすくめる。
「俺は、壊れてた。ずっと誰かを守ろうとして、結局、何も守れなかった」
セラは視線を上げた。
そこにいたのは、あの過去の“死神”ではなく、今ここで、心から自分に向き合おうとする男だった。
「でもね⋯⋯」
セラは胸元の羽飾りにそっと手を当てた。
「私は、今のあなたを好きになったの」
言って、すぐに顔を赤らめた。
それでも目は逸らさず、まっすぐシラノスを見ていた。
「過去のことは、まだ⋯⋯全部受け止められるかわからない。でも、あの手紙を読んで、あなたの信念を知って⋯⋯少しだけ、怖くなくなった」
シラノスは一歩、彼女に近づいた。
「セラ⋯⋯」
「だから、少しだけ距離を置きたいの」
「⋯⋯っ」
その言葉に、シラノスの喉が小さく震える。
だが、セラは続けた。
「距離を置くって言っても、避けるんじゃない。ただ、自分の中にある“あなたへの想い”と、“あなたの過去への恐怖”を、ちゃんと整理したいの」
そう、これは逃避ではない。
向き合うために、必要な時間。
シラノスはしばらく黙っていたが、やがて静かに頷いた。
「⋯⋯分かった。君の決意を、尊重する」
その声は震えていた。けれど、彼は笑っていた。
痛みを押し隠すように、けれど確かに、彼女の意思を受け止める強さがあった。
「ありがとう⋯⋯セラ。逃げずに言ってくれて」
セラはほんの少し、微笑んだ。
「⋯⋯こちらこそ。隠さずに記録を残してくれて、ありがとう」
風が、ふたりの間を通り過ぎていく。
その風は冷たくなく、どこか優しさを含んでいた。
そして、その風に乗って――セラの羽飾りがふわりと揺れた。
どれだけ過去が血に染まっていても、
それでも今を生きる人の温もりは、確かにそこにある。
「またね、シラノス。ちゃんと、自分の心に答えが出せたら⋯⋯私から、話しかけるから」
「⋯⋯ああ。いつまでも待つよ」
そう言って、彼は背を向けて歩き出した。
そしてセラもまた、ひとり空を見上げながら歩き出す。
心に空いた小さな隙間を埋めるのは、赦しか、それとも――
自分自身への問いが、少しずつ形を成し始めていた。




