真実の羽ばたき 3
その晩、セラはギルドの宿舎には戻らなかった。
持ち帰った小箱を両腕で抱きしめながら、街はずれの静かな小道を歩く。
向かった先は、小さな丘の上――ギルドの塔が見下ろせる場所。
彼女のお気に入りの読書場所であり、ひとりになれる場所だった。
星々のまたたく夜空の下、セラはようやく、箱をそっと膝の上に置いた。
蓋を開け、中から一冊の手記を取り出す。
表紙に刻まれた名前は、
“Cyranos”
そして、記録タイトルは――
『銀の死神 任務記録・極秘』
深呼吸ひとつ。震える指で、ページを開く。
記されていたのは、想像を超える――いや、想像したくなかった――過去の記録だった。
・ 任務番号:013
・ 対象:コルヴァ傭兵団(反乱軍)壊滅作戦
・ 結果:敵兵68名、指揮官3名、捕虜0、生存者なし
・ 特記:対象地域に民間人8名の巻き添え死確認
「⋯⋯うそ⋯⋯」
声が漏れた。
その数字のひとつひとつに、血が通っていたはずなのに。
セラの中で知っているシラノスは、笑って紅茶を煎れる人だった。
ギルドの誰より温かく、時折不器用で――でも、優しくて。
その彼が、これほどの死を、手にかけていたなんて。
ページをめくるたび、心がきしむ。
“銀の死神”と呼ばれた所以。傭兵として名を轟かせ、戦場で恐れられた存在。
だが、それだけではなかった。
記録の末尾に、報告者――ヴェスパーによる備考があった。
「彼は“守るために殺す”という信念を曲げなかった」
「一度も、無抵抗の者を斬ったことはない」
「それでも、彼の周囲には死が積もり続けた」
「最後に彼が壊れかけたのは、“子どもを守れなかった”任務の後だった」
セラははっとして顔を上げる。
――子ども。
まさか。
記録のひとつに、あの事件に近い時期の任務がある。
貴族領での“獣化事故”の発生。討伐要請がギルドに届く寸前の日時。
(まさか⋯⋯あのとき⋯⋯)
手が震える。
あの広場で。左腕を裂かれ、血を流していた自分。
あの時、誰かの声が――
『大丈夫、もう逃げなくていい。君は、俺が守る』
思い出す、黄色い瞳。焦がれるような声。
あれは、間違いなく――
「⋯⋯どうして⋯⋯そんなに⋯⋯」
声が詰まる。息ができない。
目を伏せたその手の中、羽飾りがそっと風に揺れた。
同封されていた短い手紙を、彼女はそっと開く。
『セラへ。
君がこれを読む日が来たなら、俺はきっと、全部を話せずにいるだろう。
それでも、君が知る権利があると思った。
過去は消せない。償いきれない命もある。
けれど――今の俺は、君を守るために在る。
それだけは、信じてほしい。
シラノス』
涙が、ぽろぽろと音を立てて、手帳の端を濡らしていく。
「馬鹿⋯⋯なんで⋯⋯こんな形で⋯⋯」
抱えきれない罪を、その背に負ったまま。
それでも誰かを救おうとして、笑いながら近づいてくれた人。
「⋯⋯守るために⋯⋯殺す⋯⋯」
その信念が、彼をどれだけ壊してきたのか。
セラは、涙を拭わずに空を見上げた。
あの日見上げた空と、同じ色だった。
「シラノス⋯⋯」
今、ようやく分かった。
――私は、あなたの“今”を好きになった。
でも、その“今”は、“過去”の上に立っている。
だからこそ、もう一度彼と向き合わなければならない。
逃げずに、しっかりと。
どんな過去でも、受け止めると決めたのは――自分だから。




