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空を見上げる理由  作者: 桜鬼
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真実の羽ばたき 2

 その日、ギルドの受付に戻ってきたセラは、黒い封筒を手渡された。


 


 「セラさん宛の書状です。ギルマスから⋯⋯ニャ」


 


 封筒の角には、黒薔薇の型押し。


 黒く塗りつぶされたギルドの紋章と、銀色の細い罫線が走るそれは、見慣れた指令書とも任務報告とも違う。


 


 「⋯⋯黒薔薇任務は、三つ達成してるわね。ついに来た、ってとこかニャ」


 リファが目を伏せる。珍しく、声に張りがなかった。


 


 セラは静かに封を開いた。


 


 中にあったのは、一枚の厚手の紙と、短い一文。


 


 『地下室。第七書架裏、隠し扉の奥。鍵は持っているな? ――犬の大将』


 


 思わず、セラは手にしていた黒薔薇の紋章を見下ろした。 


 ギルドバッジの裏――ギザギザした彫り込みに、小さな突起がある。




 (⋯⋯鍵? まさか)


 


 ギルマスの指示に従い、夜半すぎ、誰もいないギルド地下へと足を運ぶ。


 重い石造りの書庫。第七書架、その裏。灯りを掲げると、微かに彫り目が浮かんだ。


 


 バッジを嵌め込むと、「カチリ」と乾いた音が響いた。


 石壁がゆっくりと動き、隠し扉が現れる。


 


 その先は狭い階段。空気が澱んでいる。ひんやりとした石の匂いが、過去の埃と共に肌にまとわりつく。


 


 奥に、小さな木箱があった。


 


 蓋には古びた銀の羽根飾りがひとつ。無造作に置かれたそれが、誰かの胸にあった日々を物語っていた。


 


 箱を開けると、中には一冊の手記が収められていた。


 


 “Cyranos”




 表紙に刻まれた名前の下、ギルドの古い刻印。そして――


 


  『銀の死神 任務記録・極秘』


 


 息を呑む。手が、勝手に震える。


 


 ページを開いた。


 


 最初にあったのは、淡々とした戦歴の列挙だった。


 


 ・ A級魔獣:討伐数27

 ・ B級魔獣:討伐数119

 ・ 人間勢力壊滅作戦参加:4件

 ・傭兵期間:推定7年


 


 それは、血と死の記録。


 冷たく羅列された数字の裏に、命の重みがあることを想像して、セラは胸を抑えた。


 


 「どうして⋯⋯」


 


 それでも、彼は優しい笑みを浮かべて、手を伸ばしてくれた。


 あの翼で、自分を包み、守ってくれた。


 


 (こんな過去を持っていたなんて⋯⋯)


 


 ページの合間に、記録者の署名があった。


 


 “Vesper”


 


 ヴェスパー――やはり彼は、傭兵時代から共にあったのだ。


 


 「それ、見ちまったか」


 


 背後から、くぐもった声がした。


 


 振り向くと、ギルマス・バルドが腕を組み、壁に凭れていた。




 「黒薔薇任務を三つ成功した者には、“真実”を見せることにしてる」


 


 セラは黙って頷いた。


 その視線の強さに、バルドは鼻を鳴らす。


 


 「言っておくが、あいつの罪を裁くための記録じゃねぇ」


 「⋯⋯なら、何のために」


 「お前が“選ぶ”ためだ。過去を知ったうえで、どう向き合うか。⋯⋯逃げるのか、赦すのか。あるいは――それでも愛すのか」


 


 セラは唇を噛み、手記を抱きしめるように胸に寄せた。


 


 (私は⋯⋯)


 


 揺れる思いが、静かに胸を満たしていく。


 “銀の死神”の過去と、“今”の彼。


 


 どちらが嘘でも、本物でもない。


 けれど――


 


 「⋯⋯それでも、あの人は」


 


 セラは呟く。


 そう、あの笑顔も、あの手も――すべてを知って、なお。


 


 (私は、あなたを⋯⋯)


 


 ギルマスが背を向けた。


 


 「持って帰れ。その羽飾りも、記録も。全部、お前に託す」


 


 「はい⋯⋯」


 


 箱を閉じ、セラは静かに歩き出す。


 背を押す風が、少しだけ温かく感じられた。


 


 そして彼女は、決意する。


 


 ――次に彼と向き合う時、私は自分の“答え”を持っている。





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