真実の羽ばたき 1
朝焼けの風が頬を撫でた。
セラとシラノス、ふたりきりの任務。それは黒薔薇任務の余波で発生した、鳥系魔物の巣の偵察任務だった。
「⋯⋯今日は、風が優しいな」
隣を歩くシラノスが、空を見上げて微笑んだ。
セラは彼の顔を見上げ、ふと目を細めた。
――いつの間にか、その翼を“怖い”と思わなくなっていた。
「シラノス」
名を呼ぶと、彼は小首を傾げてこちらを見る。
「なにかあった?」
「ううん。ただ⋯⋯その、今日は一緒でよかったなって」
「⋯⋯っ!」
彼の羽が、ぱさりと軽く揺れた。
何かを堪えるような笑みが、口元に浮かぶ。
谷へ続く山道は、鳥の鳴き声に満ちていた。
でもセラの足取りは、震えていない。
「俺も⋯⋯嬉しいよ」
そう言ったシラノスの声は、どこまでも優しく。
目指すは〈咆哮の谷〉と呼ばれる断崖地帯。
そこには風を操る鳥型魔物〈ソア・クルー〉が群れを成して住んでいる。
崖の上から、ひときわ鋭い鳴き声が響いた。
「見張りだね。⋯⋯群れが近い」
セラは一歩足を止めた。羽音。乾いた風と混じる、それは過去の恐怖を呼び覚ます音。
だが次の瞬間――
背にあたたかい感触が触れた。
シラノスの羽だ。
「大丈夫。俺がいる」
羽が、風除けのように背中を包む。音が、和らいだ気がした。
「怖いのは、記憶の残響。でも今の君は、ちゃんと進んでる」
セラは、ぎゅっと唇をかんで頷いた。
――私は逃げない。シラノスがいるから。
谷の淵で、魔物たちの気配を探る二人。その後ろで、ヴェスパーとハイネが控えていた。
「⋯⋯見ろよ、あれ。ずいぶん息合ってんじゃねぇか」
ヴェスパーが枝に凭れながら、双眼鏡を覗く。
「ふふ、恋の力ってやつ?」
「茶化すなよ。⋯⋯けどまあ、あの二人らしいっていうか⋯⋯クソ、俺の牙じゃ敵わねぇわ」
どこか寂しげに笑うヴェスパーに、ハイネはそっと視線を向けた。
一方、風の谷では、小型のソア・クルーが一羽、警戒音を鳴らしながら接近していた。
「⋯⋯来るよ」
セラの声に、シラノスは頷いた。
「ここからは俺が前に出る。援護して」
「うん!」
セラは魔力を練り、地面に魔方陣を描いた。
風を弾く障壁魔法。完璧ではないけれど、逃げずに“戦う”ための術。
空から舞い降りるように、鳥型魔物が羽ばたいた。
だが――
その刹那、銀の羽が空を裂き、魔物の進路を逸らす。
シラノスの一閃。
「見事です!」
セラが息を呑む中、彼は振り返って微笑んだ。
「君のおかげだよ。ひとりじゃ、守れなかった」
セラの胸が、熱くなった。
風が再び吹く。もう、あの羽音は怖くない。
それは、背を預けた人がそばにいるから。
「⋯⋯ありがとう、シラノス」
彼は、何も言わずに頷いた。
そして二人は、再び風の中を進み始めた。




