恐怖と対話 12
ギルドの宴が終わった夜――その余韻がまだ漂う早朝。
中庭には、まだ片づけきれないままの装飾と空の器が残されていた。
羽根飾りが風に揺れ、銀のリボンが陽にきらめいている。
セラは静かな部屋の片隅、机に向かって日記を開いていた。
机の上には、使い込まれた羽根ペン。
そっと胸元から取り出した羽飾りを、傍らに置いて――
「⋯⋯よし」
深く息を吸い込み、白い紙の上にペン先を落とす。
《今日の 今日の朝は、やけに風が気持ちよかった。
ギルドの中庭にまだ昨日の飾りが残っていて、それが風に揺れていて⋯⋯
なんだか、夢みたいだった。》
ペンは止まらない。
昨夜のこと、ギルドの仲間たちの笑顔。
リファが泣き笑いして抱きついてきたこと。
バルドが小さく頷いてくれた瞬間。
そして、シラノスの手のぬくもり――
《 怖かったこと、悔しかったこと、逃げてばかりだった日々。
でも今は⋯⋯ただ、ありがとうって思える。》
言葉を綴るうちに、心の中にあった靄が少しずつ晴れていくのを感じた。
《あの時、助けてくれたのがあなたでよかった。
いま隣にいてくれるのが、あなただからよかった。》
最後に、セラはペンを止め、ゆっくりと一行だけ書き添える。
《⋯⋯きっと、ここからが本当の始まりなんだと思う》
小さく微笑み、そっと羽飾りを胸元に戻した。
この羽は、もう恐怖の象徴ではない。
“誓い”と“想い”のかたち――自分が乗り越えた証だ。
小さく微笑み、そっと羽飾りを胸元に戻した。
この羽は、もう恐怖の象徴ではない。
“誓い”と“想い”のかたち――自分が乗り越えた証だ。
その頃、ギルドの外れにある裏庭では、別の静かな会話が交わされていた。
「⋯⋯で、なに見てんの?」
ハイネが木の根元に座るヴェスパーの隣に腰を下ろした。
夜明けの光に照らされた彼は、珍しく煙草を手にしていた。
「⋯⋯風だよ」
「⋯⋯風?」
「風が吹くと、色々なもんが流れる。香りも、声も⋯⋯感情もな」
「ふーん。詩人ぶってんの?」
「馬鹿か、お前」
呆れたように言いつつ、ヴェスパーは煙を吐く。
だが、どこかその顔は柔らかい。
「⋯⋯宴のとき、泣きそうだったでしょ?」
「泣いてねぇよ」
「じゃあ、あの“俺の牙を選べ”って言った時も?」
「⋯⋯あれは⋯⋯まぁ⋯⋯本気だった」
ぼそっと呟く彼に、ハイネは少しだけ目を丸くした。
「へえ。意外と真っ直ぐ」
「うるせぇ⋯⋯。だが、終わった話だ」
ヴェスパーは煙草をもみ消し、空を見上げる。
雲ひとつない、真っ青な朝空。
「⋯⋯今さらだけど、俺には“巣”がなかった。
あいつにはシラノスって巣があった。⋯⋯それだけの話だ」
ハイネは黙って、その横顔を見つめていた。
鋭くて、どこか孤独で、それでも真っ直ぐな彼の目。
「ねえ、ヴェスパー」
「ん?」
「私の横なら、まだ空いてるよ」
風が吹いた。
言葉が風に乗って、静かに、けれど確かに彼の心を揺らす。
「⋯⋯お前、そういうのはちゃんと覚悟して言ってんのか?」
「してる。そっちこそ、受け止める覚悟は?」
数秒の沈黙のあと、ヴェスパーは口元をゆるめた。
「⋯⋯気が向いたらな」
「またそれ?」
二人の声が、柔らかく混じって空へ溶けていく。
それはまだ恋とは言えない。けれど確かに、心に巣を作り始めた何か。
それぞれの空が、ようやく交わり始めていた。




