恐怖と対話 11
ギルド本拠地、廃教会を改造した建物の中庭は、この夜だけ特別な輝きに包まれていた。
灯火に照らされた薔薇のレリーフ。
色とりどりの料理が並ぶ長机と、そこかしこに飾られた羽根飾りと銀のリボン。
冒険者たちの笑い声が響き、杯が交わされ、賑やかに祝福の宴が始まっていた。
セラとシラノス。
二人がバディとして歩み、困難を越え、互いを選んだことを祝して――
「セラーッ! こっちこっち、もう酔ってるから飲まされてー!」
リファがワインを片手にふらふらと駆け寄ってきた。
黒のボブがゆらゆら揺れて、珍しく語尾の「ニャ」も控えめだ。
「ねえねえ! セラってば、どうやって落としたの!? あの銀の死神ニャのに!」
「落としてないよ! むしろ落とされたのは⋯⋯私⋯⋯かも⋯⋯」
セラがそう呟くと、周囲の女性陣から「キャーッ!」と黄色い歓声が上がる。
「もう、やだ⋯⋯こんなの、恥ずかしいってば⋯⋯」
「でも幸せそうだよ、セラ」
静かに声をかけてきたのは、ハイネだった。
薄青の瞳が月光を反射して、どこか寂しげにも見えた。
「⋯⋯ありがとう、ハイネ」
少しだけ気まずさを覚えながら、セラは視線をシラノスに向けた。
彼は酒を片手にバルドと話していた。
遠目でもわかる、柔らかい表情と落ち着いた微笑み。
(あの人が隣にいてくれて、よかった)
セラはそっと胸元の羽飾りに触れた。
あの夜、ふたりで誓った想い。もう、恐怖に支配されることはない。
宴が盛り上がる中、ひとりの男の姿がそっと裏門に消えていった。
──ヴェスパーだった。
杯も取らず、笑いにも加わらず、ただ一言もなく宴の喧騒から離れていく。
「⋯⋯やっぱり、そうくるか」
背後で気づいていたハイネが、空になった杯を置き、足早に彼の後を追った。
教会裏手の廃れた庭園。
月に照らされる石畳の上、ヴェスパーは風に吹かれて立っていた。
「⋯⋯もう少し残っててもいいんじゃない?」
「うるせぇ。祝福の場に、捨てられた男がいたら空気が腐るだろ」
冷たく返す声に、ハイネは眉をひそめる。
「アンタ、自分が惨めだと思ってるの?」
「思ってねぇよ。ただの事実だ」
ヴェスパーは肩をすくめて背を向ける。
そのまま歩き出そうとした背中に、ハイネが声を投げかけた。
「じゃあ、なんで見に来たの? あのふたりのこと」
歩みが止まる。
返事はなかったが、静かに視線だけが振り返った。
「見届けたかったんじゃない? ⋯⋯自分が、本当に終わったってこと」
「⋯⋯終わった、か」
ヴェスパーはふっと笑った。乾いた、けれどどこか吹っ切れたような笑み。
「案外、お前の言う通りかもな」
「それならさ」
言いかけたハイネが、数歩だけ近づいた。
「終わったんなら、次は始めたらどう? 新しい“何か”を」
「⋯⋯何かって、例えば?」
「例えば――」
ハイネの瞳が、夜風に揺れる。
けれど、その先は冗談めかして言葉を濁した。
「まあ、気が向いたらでいいけどさ。アンタが少しでも笑うとこ、見てみたいだけ」
「お前⋯⋯そういうこと、軽く言うよな」
「軽くないよ?」
ヴェスパーの横をすり抜けて、ハイネは夜空を仰ぐ。
「⋯⋯セラが羽を恐れなくなったように。アンタも、誰かを信じてみたら?」
しばらく沈黙が流れた。
そして、やがて――
「⋯⋯気が向いたらな」
呟くようなその声に、ハイネは静かに微笑んだ。
「そのときは、隣にいさせてね」
教会の中庭では、まだ祝福の歌と笑いが響いている。
けれど、風の吹く裏庭にもまた、新しい物語がそっと芽吹こうとしていた。




