表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空を見上げる理由  作者: 桜鬼
27/74

恐怖と対話 10

 夜の風が谷をなでるように吹き抜けていく。

 木々の葉がさわさわと揺れ、空には丸く輝く月が浮かんでいた。


 


 その静寂の中、セラとシラノスは焚き火を離れ、丘の上にある岩場に並んで座っていた。


 


 「⋯⋯風、気持ちいいね」


 


 セラが呟くと、隣のシラノスがふっと笑った。


 


 「うん。君の声もね」


 


 「な、なにそれ⋯⋯」


 


 顔が熱くなる。まだ慣れない。けれど、不思議といやじゃない。

 その隣にある体温も、呼吸の音も、そよぐ羽音すらも。


 


 かつて、自分の中で“恐怖”そのものだったはずの羽音。

 それが今は、まるで子守歌のように心を落ち着かせてくれる。


 


 (怖くない⋯⋯もう、怖くないんだ)


 


 シラノスの羽がそっと広がる。

 闇の中でもわかる、黒と銀の入り混じった大きな翼。

 それがゆっくりと、セラの背中に触れた。


 


 「⋯⋯こうしても、平気?」


 


 優しく問う声に、セラは小さく頷く。

 翼の内側に包まれるように、彼女は身体を預けた。


 


 「あったかい⋯⋯」


 


 「それ、オレのセリフだよ」


 


 どこまでも優しい声だった。

 その音色に、胸の奥がじんわりと温かくなる。


 


 「セラ⋯⋯」


 


 そっと名前を呼ばれ、振り返った瞬間、視線が絡まった。

 静かな夜、ただ二人きりの世界。


 


 気づけば、唇が触れていた。


 


 優しく、けれど確かに重なる感触。

 怖くない。痛くない。

 むしろ、心がふわりと浮かぶような、柔らかな――


 


 「⋯⋯ん」


 


 短く声が漏れ、離れた唇の間に微笑みが生まれる。


 


 「⋯⋯これが、初めてなんですけど」


 


 照れながらセラが言うと、シラノスは少しだけ驚いたように目を見開いた。


 


 「⋯⋯オレも、だよ」


 


 「えっ?」


 


 「こんなに、誰かを想ったことなんて、なかったから」


 


 再び重なる目と目。そのまま、そっと額を寄せ合う。


 


 「⋯なんでありがとう、セラ」


 


 「ううん⋯⋯こちらこそ⋯⋯」


 


 その瞬間、頭上で羽音が響いた。

 どこからか飛び立った鳥が、月夜を横切っていく。


 


 バサバサッ――という音が、はっきりと耳に届いた。


 


 セラは、びくりと一瞬肩を跳ねさせた。

 だが、すぐに落ち着き、笑みを浮かべた。


 


 「⋯⋯驚いたけど、怖くないよ。今は、もう平気」


 


 その言葉に、シラノスの目が柔らかく細められる。


 


 「すごいね、君は」


 


 「すごくなんてない。ただ、信じられる人がそばにいてくれたからだよ」


 


 月明かりの中で、二人はもう一度、静かに唇を重ねた。


 


 ──一方、同じ頃。


 


 谷の少し離れた場所。岩に腰掛けて空を仰いでいるヴェスパーの隣に、ひらりと羽根が舞い降りた。


 


 「⋯⋯振られたんだって?」


 


 そう言いながら現れたのは、ハイネだった。

 風に揺れる桃色の髪に水色のいたずらっぽい目元。けれどその声は、どこか優しかった。


 


 「お前⋯⋯聞いてたのかよ」


 


 「まあ、だいたいね。っていうか、見てたって言った方が正しい?」


 


 ヴェスパーは眉をひそめて肩をすくめる。


 


 「⋯⋯ったく。どいつもこいつも、野次馬ばっかりかよ」


 


 「でも、悔しがってるわりに、吹っ切れた顔してるじゃん」


 


 「そりゃな⋯⋯あの女、目が真っすぐだった。諦めるしかねぇだろ」


 


 そう言って、ヴェスパーは口元を歪める。


 


 「それに――あいつの羽根を選んだなら、もう俺の出る幕はねぇ」


 


 「ふうん。じゃあ、次はどうするの?」


 


 ハイネの問いに、ヴェスパーはしばらく黙ったあと、ぽつりと答えた。


 


 「⋯⋯さてな。しばらくは、風にでも吹かれてりゃいいさ」


 


 その背に吹いた風が、彼の黒髪を揺らす。


 


 ハイネはふっと微笑み、ヴェスパーの隣に腰を下ろした。


 


 「なら、私も一緒に吹かれてあげようか?」


 


 「⋯⋯お前ってほんと、変な奴だな」


 


 「そっちこそ、ね」


 


 二人の間に流れる風は、どこか心地よくて。

 まだ知らぬ未来の始まりを、そっと告げているようだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ