表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空を見上げる理由  作者: 桜鬼
26/74

恐怖と対話 9

 夜の帳が下りた谷間のキャンプ地。焚き火がぱちぱちと音を立て、赤い火の粉が静かに舞っていた。

ハイネは気を利かせて席を外してる。

 その光に照らされ、セラの表情はどこか決意を帯びていた。


 


 「⋯⋯あの時の気持ちまで、やっと思い出せた」


 


 焚き火の前に座りながら、ぽつりとセラが言う。

 向かいにいるシラノスは、黙って彼女の言葉を待っていた。


 


 「助けてくれたのは、あんただった。小さかった私を、抱きしめて、傷を包んでくれた」


 


 火の光に照らされて、セラの瞳が潤む。だが涙は落ちない。

 その目はしっかりと、シラノスを見つめていた。


 


 「ずっと逃げてきたの。鳥が怖くて、自分が情けなくて。あの日のことなんて、思い出したくなかった。でも――」


 


 シラノスの手が、そっと膝の上で握られる。

 セラは深く息を吸って、そして言った。


 


 「⋯⋯それでも、私は今、生きてる。あんたが助けてくれたから」


 


 その声はかすれていたが、震えはなかった。


 


 「それだけじゃないの。⋯⋯シラノス。私、あんたが⋯⋯」


 


 風が、焚き火の煙を巻き上げる。夜空には星が滲んでいた。


 


 セラの唇が、静かに動いた。


 


 「――好きです」


 


 言った瞬間、胸がぎゅっと締め付けられた。

 けれど、それ以上の解放感が、彼女の心を満たした。


 


 「最初は怖かった。でも、今は違う。あんたの羽の中は、あったかくて⋯⋯安心するの。だから⋯⋯」


 


 もう、逃げない。そう思えた。


 


 しばしの静寂の後、シラノスが顔を伏せた。


 


 「⋯⋯セラ」


 


 その声は震えていた。


 


 「⋯⋯ごめん、オレ、こんな⋯⋯泣くつもりじゃ⋯⋯」


 


 顔を上げたシラノスの目には、確かに涙が光っていた。


 


 「ずっと⋯⋯待ってた。オレの羽が、いつか君を怖がらせなくなる日を」


 


 彼の手が、そっとセラの指に触れた。

 その手を握り返すセラの指先は、もう震えていなかった。


 


 「⋯⋯ありがとう、セラ」


 


 その声に、セラの胸の奥がじんわりと熱くなった。


 


 「⋯⋯うん、私も⋯⋯ありがとう」


 


 二人は焚き火の前で見つめ合い、世界が静かに溶け合った。


 


 その時だった。


 


 「⋯⋯やっと言ったか。まったく、遅すぎる」


 


 いつの間にか背後に立っていたヴェスパーが、溜息交じりに言った。


 


 「ヴェスパー⋯⋯」


 


 セラが立ち上がる。彼の金の瞳が、真っすぐにセラを見つめ返していた。


 


 「もう、わかってるだろ。俺が何を言いたいか」


 


 彼の言葉は、いつになく静かだった。


 


 「⋯⋯うん。わかってる。ごめんなさい、ヴェスパー」


 


 セラは、しっかりと頭を下げた。


 


 「あなたのことを、嫌いだったわけじゃない。でも、違うの。シラノスのことが、好き」


 


 その一言に、ヴェスパーはしばらく沈黙した。

 だが、やがてふっと目を細め、口角を少しだけ上げた。


 


 「⋯⋯らしいな、お前らしい」


 


 そう言って、彼は空を見上げた。

 黒い翼ではなく、静かに風に乗る火の粉を。


 


 「やっぱり、俺は牙しか持たねぇみたいだ」


 


 ぽつりと、どこか寂しげに呟くその背に、セラは一歩近づいた。


 


 「ありがとう。⋯⋯あなたがいてくれたから、私、自分の気持ちを見つけられたの」


 


 「口説いてんのか?」


 


 「違う!」


 


 二人のやり取りに、シラノスが小さく笑う。

 その笑みを見たヴェスパーが、肩を竦めて言った。


 


 「ま、安心しろ。これからは遠くで吠える程度にしてやるよ」


 


 「遠吠えってこと?」


 


 「うるせぇ。⋯⋯お幸せにな」


 


 それだけ言って、ヴェスパーは踵を返し、静かに闇へと消えていった。


 


 残された二人。焚き火の火はまだ消えていない。


 


 セラはそっと、シラノスの隣に腰を下ろした。

 彼の肩に、自分の頭を預ける。


 


 「⋯⋯好き、って言ったからには、逃げないよ。ちゃんと、向き合っていく」


 


 「うん。⋯⋯オレも」


 


 空を見上げれば、満天の星。

 その光の下で、二人の影が寄り添っていた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ