表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空を見上げる理由  作者: 桜鬼
24/74

恐怖と対話 7

 霧が晴れるように、セラの胸の奥で何かがほどけ始めていた。


 だがそれは、すぐに形を持つものではなかった。

 シラノスの優しさ。

 ヴェスパーの情熱。

 記憶を取り戻した安心と、新たに芽生えた戸惑い。

 どれもが交じり合って、心は静かに揺れていた。


 


 ギルドの裏庭。

 朝の光がレンガの壁を淡く染める中、セラはベンチに腰を下ろしていた。

 空は晴れているのに、胸の中には薄く雲がかかっているようで──。


 


 「⋯⋯顔に出てるよ、セラ」


 


 声がした瞬間、隣にすとんと誰かが座った。

 ハイネだった。

 片手には甘い香りのするクッキー。もう片方の手で、自分の三つ編みをいじっている。


 


 「⋯⋯出てた?」


 


 「バレバレ。眉間、すっごいしわ寄ってるし」


 


 ハイネはひょいとクッキーを差し出してきた。

 ありがたく受け取り、セラはひと口かじる。


 


 「うまく言葉にできないの。何が正しいのか、どうしたいのか⋯⋯わかんなくて」


 


 「ふーん。恋って、そういうもんじゃない?」


 


 さらりと返された言葉に、セラはむせそうになった。


 


 「こ、こい⋯⋯っ!? ま、待って、わたし別に、そんな⋯⋯!」


 


 「嘘。動揺してる顔が答え」


 


 からかうように笑うハイネだったが、その瞳は真っ直ぐだった。


 


 「いい? シラノスもヴェスパーも、あんたのこと本気だよ。たぶん、命賭けるくらいには」


 


 「…⋯⋯そんな、重いよ⋯⋯」


 


 「うん、重い。でも、それが彼らの“当たり前”なんだと思う」


 


 その言葉に、セラは思わず沈黙する。


 


 「⋯⋯ねえ、ハイネ。あたし、どっちか選ばなきゃいけないのかな」


 


 問いかけは風に混じって、弱く揺れた。

 けれどハイネは、迷いなく首を横に振った。


 


 「選ばなきゃいけないって、誰が決めたの? 時間がかかってもいいし、逃げたっていい。

 でも──」


 


 ハイネはそこで言葉を切り、真剣な瞳でセラを見た。


 


 「“ちゃんと見ること”だけは、やめちゃだめ」


 


 「⋯⋯ちゃんと、見る?」


 


 「うん。あんた、ちゃんとシラノス見てる?

 あの人、自分のこと後回しにしてばっか。優しい顔して、傷だらけなんだよ」


 


 セラの胸がチクリと痛んだ。

 そうだ。彼はいつだって、自分の不安を先に受け止めてくれた。

 笑ってくれて、気遣ってくれて、でも──自分自身のことは、何も語らなかった。


 


 「わたし⋯⋯」


 


 「ね、セラ。あんたさ──誰かに“守られること”ばっか考えてない?」


 


 ハイネの声は、優しくも厳しかった。

 まるで、頬を優しく打つ風のように。


 


 「シラノスの隣にいるって、簡単じゃないと思う。たぶん、これから先もっとつらいこともある。

 それでも一緒にいたいって思えたら、そのときこそ“恋”だよ」


 


 セラはゆっくりと目を閉じた。

 彼の翼の重み。羽音の温かさ。あの谷で、抱きしめられたときの心音。

 怖くなかった。むしろ、安心していた。


 


 (⋯⋯怖くない)


 


 静かに、そう思えた。

 涙がこぼれそうになったが、それをクッキーの甘さがやわらげてくれる。


 


 「ありがと、ハイネ。少しだけ、見えた気がする⋯⋯わたしの気持ち」


 


 「ふふ。じゃあまずは、目をそらさずに“見る”ことから始めなよ。

 あいつ、目が合うとすっごく嬉しそうな顔するからさ」


 


 笑いながら立ち上がったハイネが、背後から手を差し伸べてくれる。

 セラはその手を取って、ゆっくりと立ち上がった。


 


 空が、少しだけ晴れた気がした。


 






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ