恐怖と対話 5
帰路の森道に、鳥の囀りが重なり始める。 風は柔らかく、木々の葉をくすぐるように揺らし、淡い木漏れ日が地面に斑模様を描いていた。
「⋯⋯ねえ、シラノス」
先を歩いていたセラが、ふいに足を止めて振り返る。 肩まで伸びた髪が光に透け、いつもより柔らかく見えた。
「今日は⋯⋯これをつけてみてもいいかな」
彼女はそっと、ポケットから小さな布包みを取り出した。 中にあったのは、以前シラノスが渡した、銀白の羽飾り。
「それは……」
シラノスが目を見開く。 あの日、訓練の合間に手渡したもの。 『恐怖を超えたとき、この羽が意味を持つ』――そう約束した、彼自身の羽根。
「少しだけ怖いけど⋯⋯もう逃げたくないの」
セラは静かに言った。
「あなたがくれたものだから。ずっと⋯⋯ポケットに入れたまま、触れられなかったけど⋯⋯」
彼女はゆっくりと羽飾りを胸元に留めた。 震える指先だったが、その動作には確かな意志が込められている。
「⋯⋯本当に、怖くないのか?」
シラノスの問いに、セラは微笑んで頷いた。
「怖くない。
少なくとも⋯⋯あなたの羽は、怖くないと思えるようになった」
その一言に、シラノスの胸が締めつけられる。 感情の波が押し寄せ、思わず言葉を失う。
けれど、彼はそれを押し込めるように、優しく微笑んだ。
「ありがとう。君がそう言ってくれて、本当に嬉しい」
照れたように笑う彼の姿に、セラもつられて微笑む。
互いの距離が、少しずつ確かに近づいている。
「この羽、きれいだね。少し冷たくて、でも⋯⋯温かい」
セラが羽飾りを指先でなぞると、シラノスは静かに頷いた。
「それは、たぶん⋯⋯君の中にある“強さ”が、そう感じさせるんだと思う」
彼の声は、深く、優しい。 セラはそっとその言葉を胸にしまいながら、森の空を見上げた。
木々の間に見える青が、こんなにも優しいものだったとは。 ほんの少し前まで、空を見上げることすらできなかったのに。
「⋯⋯これからも、つけていい?」
セラの問いに、シラノスはまっすぐに頷いた。
「もちろん。何があっても、君のそばにいる。
だから、何度だって思い出して。恐怖じゃなく、約束の証として」
羽飾りが、太陽の光を受けて静かに揺れた。その瞬間、セラの頬がほんのりと紅に染まる。
自分でも気づいている。 ただの相棒以上の感情が、確かに芽を出していることに。
シラノスもまた、彼女から視線を逸らせずにいた。 けれど、言葉にはしない。 今はまだ、その羽が彼女の胸に馴染むまで――
ゆっくりと、確かに。
二人の想いは、風の中に溶けていった。




