表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空を見上げる理由  作者: 桜鬼
2/74

鋼薔薇の猟犬 1

 ギルド掲示板に黒薔薇の印が貼られた瞬間、セラは素早く物陰へと退避した。


 朝の食堂に流れていたのどかな雰囲気が、一瞬にして緊張に染まる。


 「うわ、鳥任務来た!」という叫びと共に、受付嬢リファが資料を掲げながら足早に現れた。


 


 「黒薔薇任務発生ニャ! 該当者は速やかに受付まで来るニャ!」


 


 ――やばい。見つかる。


 


 セラは椅子の影に素早く滑り込んだ。

 背中を丸め、椅子と壁の間に上手く体を収める。

 このギルドに入ってから、鳥任務から逃げるルートは完璧に体に染みついていた。


 


 「セラ。息してる?」


 


 ひそひそと声をかけてきたのは、親友のハイネだった。

 水色の瞳が心配そうに覗き込む。


 


 「⋯今、全力で空気になってるところ⋯⋯」


 「うん、酸欠の空気だね」


 


 冷静なツッコミをよそに、セラは無音で匍匐前進を続ける。

 あと数メートルで裏口。そこまで逃げきれれば⋯⋯!


 


 ――ガチャン。


 


 突然、目の前に金属音が落ちた。鉄のマグカップ。


 見上げると、そこには“犬の大将”こと、ギルドマスター・バルドが仁王立ちしていた。


 


 「逃げんじゃねぇぞ、ガキ」


 


 まるで審判のような声だった。


 バルドの手には、犬の落書き入り任務報告書。

 灰色の髪をかきむしりながら、彼は舌打ちをひとつ。


 


 「めんどくせぇ⋯⋯お前、また鳥任務から逃げてたな」


 


 「い、いや! あの、私はですね、あの、鳥に恐怖を感じてですね!」


 


 「知ってる。けどな⋯⋯人生、山あり谷ありだ。今ここで山、登れ」


 


 ドスンと、セラの肩に報告書が落とされる。


 


 「特例発動。今日からお前は“バディ任務”だ」


 


 「⋯⋯バディ!?」


 


 「相棒も、もう決まってる。あっちだ」


 


 バルドが顎で示した先、掲示板の前に立つ長身の男がいた。


 


 その男は、まるで彫像のような佇まいだった。


 銀と黒の混じるウルフカット、精悍な顔立ち。

 背中には──大きな羽があった。艶のある羽毛は黒と茶、銀を織り交ぜたような深い色。


 戦装束の上からは上着を羽織っているが、肩のラインから羽根が一部覗いており、動くたびにふわりと揺れていた。


 


 セラの心臓が、バクンと音を立てる。


 (鳥⋯⋯)


 その気配、その存在感、その羽音。

 反射的に、冷や汗が背中を伝った。


 


 「紹介しとく。今日からお前の相棒、シラノスだ」


 


 彼が、ゆっくりと振り返る。

 灰と黄が溶け合った瞳が、まっすぐセラを見つめた。


 


 「⋯⋯君が、セラだね?」


 


 微笑みは穏やかだった。

 けれど、セラの視界は羽根の揺れで霞んでいた。


 


 「オレはシラノス。ハーピー族で、元傭兵だった」


 「は、はあ⋯⋯はーぴ⋯⋯えっ!? ハーピー!?!?!?」


 


 慌てて一歩、二歩と後退るセラ。


 


 「でも、安心して。今はもう“死神”なんて呼ばれてないし⋯⋯そういう仕事は、卒業したんだ」


 


 シラノスはやや申し訳なさそうに言ったあと、羽を少しだけすぼめた。

 だが、消えるわけではない。

 セラは“死神”など物騒な言葉を聞き逃すほどそれどころではなかった。


 


 「⋯⋯羽⋯⋯」


 


 セラの口から漏れたかすれ声に、シラノスの表情がほんの少しだけ揺れた。


 


 「⋯⋯ごめんね。怖がらせた。羽を隠すの、苦手で⋯⋯でも、必要なら頑張ってみるよ」


 


 その一言に、なぜか胸がちくりと痛む。


 羽のせいで怖いのに。逃げたいのに。


 なのに、この人の声だけは──優しく、どこか懐かしく聞こえる気がした。


 


 「シラノス。こいつの鳥恐怖症、知ってるな?」


 


 バルドの言葉に、シラノスは頷いた。


 


 「ええ。だから、無理はさせません。   でも⋯⋯オレが、ちゃんと隣にいますから」


 


 その言葉に、セラはまた一歩引いた。胸がざわつく。


 


 「⋯⋯や、やめて。そういうの、重い」


 


 震える声で言い放ったつもりだったのに――


 


 「じゃあ、もっと軽いやつを今度持ってきますね」


 


 くすっと笑って返された。


 この人、何なんだろう。


 鳥なのに、全部が怖いわけじゃない。

 むしろ、どこかで会ったことがあるような⋯⋯


 


 その違和感こそが、すべての“始まり”だった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ