恐怖と対話 1
朝靄の残るギルド本部、その掲示板に新たな黒薔薇の印が貼られた。 緊張感が空気に溶け込み、ざわつく冒険者たちの目が一斉にそこへ向く。
「黒薔薇、発生──対象はシラノス、セラ、ヴェスパー、ハイネ」
受付嬢・リファの声が場内に響いた。 今日も黒耳と赤い鈴付きのリボンをチリンと鳴らし黒しっぽをぴんと立てて、黒薔薇任務の報告書を手にしている。
「任務内容は“鳥系魔獣の生息調査と状況制圧”。場所は“咆哮の谷”ニャ」
セラの背筋が一瞬で凍りつく。 咆哮の谷――その名だけでも、鳥の気配を連想させるには十分すぎた。
「ギルマス、わたし、本当に行くんですか⋯⋯?」
セラの声は心許なく、それでも、逃げ出したい衝動を必死で抑えていた。
ギルマスター・バルドは煙管をくわえたまま無言で顎をしゃくると、低くぼやいた。
「行くんだよ。これは“試し”だ」
「試し⋯⋯?」
「お前がどこまで“進んだ”か。怖いままでも構わねぇ。けどよ、背負ってる相棒が何のために隣にいると思ってんだ」
セラの視線は無意識にシラノスへ向いた。 彼は穏やかな表情で、いつも通りの距離感を保ちつつうなずいていた。
「⋯⋯怖くても、ちゃんと一緒にいるよ。絶対に、独りにはしない」
それだけで、胸の奥がじんわりと温かくなる。
「それと──」
バルドが書類をもう一枚差し出した。 名前の欄には『ヴェスパー』と『ハイネ』。
「今回は戦力も精神面も含めて、この四人で行け。言っておくが、これは“バルドの命令”だ」
セラが困惑するよりも早く、ハイネが小さく手を振った。
「うん、任務ってのもあるけど⋯なんであんたが倒れるとこ、もう見たくないからさ」
セラは驚きと嬉しさと、ほんの少しの申し訳なさに目を伏せるしかなかった。
一方、壁に寄りかかっていたヴェスパーは、鋭い目つきのまま鼻を鳴らした。
「チッ、またあの羽付きと組むのか。ま、セラが一緒なら文句はないが」
挑発的な口調の奥に、かすかな本気が混ざっているように思えた。
バルドは最後に一言。
「いいか、黒薔薇任務は“選ばれた奴”しか行けねぇ。これは、お前らが進めって合図だ。⋯⋯覚悟、しておけ」
その言葉に、セラはぐっと拳を握った。
逃げない。
今度こそ──“過去”と、“恐怖”と、向き合うために。




