揺れる想いと足跡 8
それは、何の前触れもなく訪れた。
ギルド裏庭での訓練中。
今日は第三段階──“羽ばたき音に慣れる”日だった。
「じゃあ、いくね! 軽く羽ばたいてみるから!」
ハイネが手を挙げて合図を送る。
合図を受け、鳥系の男性ギルド員がふわりと翼を広げた。
「だ、大丈夫。セラ、大丈夫⋯⋯だいじょ、ぶ⋯⋯」
呟きながら、セラは両手をぎゅっと握りしめる。
その背後には、常に控えるシラノスの姿。
もし何かあればすぐに庇う──そういう距離感で、そっと見守っていた。
風が揺れる。
次の瞬間、羽が軽やかに跳ね上がり、“パサッ”という音が空を割った。
──その瞬間だった。
(視界が、歪んだ)
「ッ⋯⋯あ⋯⋯ッ」
音が、跳ねた。
視界が、真っ白に染まった。
──コカトリスだ!
それは記憶ではなく、“感覚”として彼女を襲った。
羽ばたく音。首を伸ばし、鳴き声をあげる気配。
少女だった自分の腕を裂いた、あの爪の感触。
「いや⋯⋯ッ、来ないで⋯⋯!!」
足がすくみ、倒れる。
その直前、強い腕が彼女の体を支えた。
「セラ!」
シラノスだった。彼は咄嗟に羽を展開し、彼女を包むようにしゃがみ込んだ。
羽根が風を断ち、光を遮る。
そのなかで、セラは震えながら、聞こえた“声”を思い出していた。
──「痛いの、ここ? ごめん、でも、大丈夫。すぐ治るから」
──「怖くないよ。君は、生きてるから」
夢の中で何度も聞いた“誰か”の声。
温かくて、優しくて、どこか悲しげな──でも、今と同じ。
(⋯⋯シラノス⋯⋯)
心が、ようやく結びつきそうになる。
けれど恐怖が、それを押し流す。
「怖い⋯⋯こわい⋯⋯!」
羽根の中で蹲るセラに、シラノスはそっと語りかけた。
「怖くていい。逃げてもいい。だけど──オレはここにいる」
その言葉が、羽音よりも静かに胸へと届いた。
ふと気づけば、もう辺りは静まり返っていた。
ハイネも、リファも、ギルマスでさえ、遠巻きに見守っているだけだった。
──誰も、彼女を急かさなかった。
しばらくして。
セラはそっと目を開き、まだ包まれていたシラノスの羽根に、自分の手を触れさせた。
震えながらも、確かに触れた。
その羽が、どんな過去を背負っていても。
「⋯⋯大丈夫⋯⋯です、少しだけ」
そう呟く彼女の声に、シラノスは静かに目を伏せ、微笑んだ。




