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空を見上げる理由  作者: 桜鬼
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揺れる想いと足跡 5



 「なあ、セラ。シラノスのこと、本当に信じてるのか?」


 


 唐突な問いに、セラは手にしていた水筒を落としそうになった。


 


 任務の帰り道。森を抜けた先の見晴らしの良い丘の上。  太陽は斜めに傾き、セラの影を長く伸ばしていた。


 


 そして、その隣にいたのは──


 


 「⋯⋯ヴェスパーさん、どうしてここに?」


 


 彼は深緑の髪を風に揺らしながら、ふっと笑う。


 


 「通りすがり。いや、本当はずっと“様子見”してた。お前らの」


 


 冗談とも本気ともつかない声色。けれど、その黄金の瞳だけは獣のように鋭い。


 


 セラは一歩だけ後ずさる。


 


 「シラノスの知り合いなんですよね? どうして、そんな言い方⋯⋯」


 


 「だからだよ」


 


 風の中、彼の言葉は妙に生々しく響いた。


 


 「アイツの過去を知ってる。戦い方も、感情の壊れ方も。お前みたいな子がそばにいたら、どうなるか⋯⋯気になるに決まってるだろ」


 


 その声音はあくまで柔らかい。  けれど、その裏にあるものを、セラは無意識に察していた。


 


 ──これは挑発だ。けれど、それだけじゃない。


 


 「怖くないのか? あの羽音。死神と呼ばれた男の爪の先に、自分の心臓があるってことに」


 


 「⋯⋯わかりません。でも⋯⋯」


 


 セラは、自分の胸元に添えられた羽根飾りをそっと指で触れた。  まだ直接、シラノスの羽に触れる勇気はない。それでも──この飾りだけは、大切に持っていた。


 


 「⋯⋯怖いけど、信じたいって思ってます」


 


 その言葉に、ヴェスパーの眉がほんのわずかに動いた。


 


 「お人好しだな、お前は」


 


 彼はため息混じりに笑い、懐から一枚の薄い鱗のような石を取り出した。  それは、陽光に反射して金緑に輝いていた。


 


 「これ、やるよ。ドラゴンハーフの鱗の一枚。お守りにはなる」


 


 「⋯⋯え?」


 


 「勘違いすんなよ? これは貸しだ。いつか、あいつに絶望したら──その時は、俺を思い出せ」


 


 そう言って、ヴェスパーは軽くセラの髪を撫でた。


 


 その手つきは、妙に丁寧で、熱を帯びていた。


 


 「お前みたいな子、あいつじゃなくても⋯⋯いや、なんでもない」


 


 彼の視線が、一瞬だけ真剣なものに変わる。


 


 その目に見えた感情を、セラは言葉にできなかった。


 


 けれど確かにわかった。


 


 ──この人、本気になりかけてる。


 


 その後、シラノスが丘に現れたのは、ほんの数分後のことだった。


 


 「⋯⋯何があった?」


 


 シラノスは一瞥で、空気が変わったことに気づいた。


 


 ヴェスパーはすでに遠ざかっており、セラはただ、羽根飾りを胸に握りしめていた。


 


 「⋯⋯なんでもない。ただ、少し揺さぶられただけです」


 


 その言葉の裏に、シラノスが何を感じ取ったのか──彼は何も言わなかった。


 


 ただ、そっとセラの隣に立ち、風を受ける翼を少しだけ広げてみせた。


 


 その羽音は、今日もまだ、セラには少し怖かった。  でも――確かに、あたたかかった。




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