揺れる想いと足跡 4
ギルドの中庭には、薄曇りの空が広がっていた。
肌寒い風が吹き抜け、草花がかすかに揺れている。
セラは、中庭の石畳にそっと腰を下ろしていた。
任務も訓練もない静かな午後。
でも心は、静かではなかった。
(あの人⋯⋯やっぱり、私の過去を知ってるんだ)
胸の奥に重く残る、昨日の会話の余韻。
「君が幸せならそれでいい」というあの言葉が、優しすぎて苦しかった。
「⋯⋯ほんとに、ずるい」
ぽつりと呟いたそのとき。
「セラ。ここにいたんだね」
聞き慣れた声に、セラは顔を上げた。
いつもの戦装束姿、少し風に髪を揺らすシラノスが、穏やかな笑みを浮かべて立っていた。
「少し、いい?」
セラは無言のまま、隣の空いたスペースを手で示した。
彼はそれに応えるように、静かに腰を下ろす。
ふと、シラノスの手元に小さな袋があることに気づいた。
黒い布で丁寧に包まれた、小さな包み。
「⋯⋯はい。これ」
差し出されたそれを、おそるおそる受け取る。
布の感触は柔らかく、中には小さな羽根飾りが入っていた。
銀と黒の羽を基調に、中央には小さな青い石がはめ込まれている。
「⋯⋯これって」
「オレの羽を使って作ったんだ。まだ未熟な頃に抜けたものだけどね。
どうしても⋯⋯セラに渡したかった」
その声は、ふだんよりもずっと静かで、真剣だった。
「何かの記念⋯⋯とか?」
問いかけるセラに、シラノスはわずかに目を細めた。
「これは“約束”の証だよ。
セラが、自分の恐怖を――“鳥”という存在への恐れを、
ほんの少しでも超えたとき。この羽が意味を持つ」
(誓いの羽根⋯⋯)
その言葉が、胸に沁みていく。
「無理にとは言わない。今すぐじゃなくてもいい。
でも⋯⋯君が、何かを超えたと思えたとき。
その時にまた、オレに見せてほしい。君がその羽を受け取った意味を」
それは、強制でも命令でもなかった。
ただただ、信じて託してくれるような眼差しだった。
セラは飾りを手に取ったまま、じっとそれを見つめる。
「⋯⋯羽が怖くないって、まだ言えない。
でも⋯⋯シラノスの羽が一番最初でよかった。そう思ってる」
小さく、けれど確かな声でそう呟くと、シラノスの目が少し見開かれた。
やがて、ふわりとした笑みが浮かぶ。
「それだけで、十分嬉しい」
沈黙が流れる。
けれどその沈黙は、もう以前のような“怖さ”ではなかった。
穏やかで、温かいものがそこにあった。
「⋯⋯これ、どうやってつけるの?」
セラが飾りを指で持ち上げると、シラノスは少しだけ照れたように頬をかいた。
「髪に挿してもいいし、装備に結んでもいい。好きな場所でいいよ。
⋯⋯そのうち、オレがつけてあげてもいいけど?」
「それは、もう少しあとにしてください⋯⋯」
照れ隠しのように言いながらも、セラは顔を少しだけほころばせた。
風が、ふわりと吹いた。
小さな羽根飾りが光を受けて、微かに揺れる。
この羽が、恐怖を超えた“証”になる日が来たとき――
きっと彼に、ちゃんと渡せるように。
セラはそっと、それを胸元の袋にしまった。




