揺れる想いと足跡 3
休憩室の片隅。
窓辺に差し込む光が淡く、セラはぼんやりと手元を見つめていた。
先ほど読んだ報告書の言葉が、頭の奥で何度も反響している。
――コカトリスの幼体暴走。
――応急処置をした少年は、のちの“銀の死神”と一致。
(やっぱり⋯⋯あのとき、私を助けてくれたのは⋯⋯)
彼だったのかもしれない。
けれど記憶は曖昧で、夢のようで、確信が持てない。
ただ、胸の奥にあるざわつきだけが、真実を告げているようだった。
「⋯⋯セラ」
そのとき、穏やかな声が背後から届いた。
振り返ると、扉のそばにシラノスが立っていた。
銀黒の髪が陽光に淡く光り、灰と黄が混じった瞳がこちらを見つめている。
優しい目だった。
けれどその奥には、なにか決意のようなものが揺れていた。
「何を考えてたの?」
「⋯⋯さっき、ギルドのアーカイブで昔の報告書を読んでて」
セラは立ち上がると、隠さずにそう答えた。
隠す必要がなかった。もう、向き合うと決めたから。
「十年以上前の、“猛禽種の暴走事件”。
そこにね、重傷を負った少女がいて――応急処置をした少年が、のちの“銀の死神”と一致するって」
言葉を選びながら、彼の顔を見つめる。
シラノスは、すぐには返事をしなかった。
けれど、ゆっくりと歩み寄ってきて、向かいの椅子に腰を下ろした。
「⋯⋯君は、どう思った?」
「⋯⋯夢で何度も聞くの。
『怖くない、大丈夫だよ』っていう声。
その声が、あなたに似てて⋯⋯あのとき、助けてくれたのは、あなたなんじゃないかって⋯⋯」
言葉にした瞬間、自分でも胸がぎゅっと締めつけられるのを感じた。
怖かった。
もし「違う」と言われたら、自分が間違っていたことになる。
でも、「そうだ」と言われたら、それもまた――何かが変わってしまう気がして。
沈黙が降りる。
セラは、黙って彼の返事を待った。
けれどシラノスは、少し微笑んだだけだった。
「⋯⋯もしそうだったとしても、君が今こうして元気にここにいる。
だったら、それでいいって⋯⋯オレは、そう思ってるよ」
曖昧な返事。
でも、その言葉には、確かに優しさがあった。
「⋯なんで教えてくれないんですか?」
「セラが、“思い出したい”って思ったときに話すよ。
でも、もしこのまま忘れていられるなら⋯⋯そのほうが、幸せなこともあるから」
(ずるい⋯⋯)
そう思った。
でも、あたたかかった。
ただ黙って、彼の声に耳を傾けていた。
「オレは、君が笑ってくれてるだけで十分なんだ。
それが、助けた理由であっても、バディになった理由であっても⋯」
その言葉の続きは語られなかった。
けれどセラは、その先にある想いを感じ取っていた。
「⋯重いって言ったら、また“軽いやつ”持ってきますか?」
ぽつりと呟いたその言葉に、シラノスがふっと目を細める。
「うん。羽毛よりも軽いやつ、探しとくよ」
ほんの少しだけ、セラは笑った。
心のどこかがまだざわついている。
けれどそれ以上に、彼の言葉が温かく響いていた。
──“銀の死神”と呼ばれた男。
──あの事件で少女を助けた少年。
その過去を抱えたまま、隣にいてくれる彼の存在。
(私があの少女だったとしても。違っていたとしても。
今ここで、あなたが隣にいてくれるなら⋯⋯)
それでいいのかもしれない。
窓の外では、風に乗って一羽の鳥が空へと舞い上がっていく。
その羽音が、少しだけ優しく響いた。




