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ふたりの夏(3)

「じゃあ、もうそろそろ帰るか」

 

しばらくして俺は、花を愛おしそうに見ているのぞみに声を掛けた。今は夕方4時過ぎ。最近は日が伸びてきたのでまだ明るいが、あまり長時間連れ回すのもよくないだろう。彼女の体の心配もあるし、付き合ってもいない男女なわけだし。

 

「そうだね。ちょっと名残惜しいけどね」

 

少し寂しそうに笑ってのぞみが答える。俺だって名残惜しい。だが、その分楽しんでもらえていたと分かって嬉しい気持ちもあった。

 

「あ、そうだ!」

 

公園から出てバスに乗ると、のぞみが思い出したように声を上げた。俺はややびっくりして、隣に座る彼女の顔を見る。

 

「どうかしたか?」

「あのね、私行きたいところがあって。今から付き合ってもらうことってできるかな?」

「ああ、いいよ。どこ?」

 

どうせこの後用事はない。俺が長時間連れ回すのは問題だが、のぞみの希望なら問題ないだろう。俺の返事ににのぞみは顔を輝かせた。まるで小さい子供みたいだ。

 

「駅前のアイス屋さん!」

 

駅前のアイス屋といえば、俺が普段よく行くところだ。同じ甘いもの好きということもあって、正晴と行くことも多い。この辺りでは有名な店なので、のぞみも行く機会を伺っていたのかもしれない。

 

「あー、あそこ美味いよな。どうせこのバスは駅行くんだし、せっかくだからアイス食うか」

「わーい!」

 

彼女は嬉しそうに手をぶんぶん振る。その仕草も子供っぽかった。悲しいときは誤魔化すように笑う割に、嬉しいときの感情表現はとても素直だ。おかげで近くの席に座っている高校生に睨まれてしまった。

 

「嬉しいのは分かったから、ちょっと落ち着け。ここバスの中だぞ」

 

そう言われて、やっと自分がバスの中にいると思い出したらしい。周りを見てから、恥ずかしそうに縮こまる。その姿は小動物そのもので、俺は噴き出してしまい、先ほどの高校生に再度睨まれることになった。

 

バスから降りてすぐの所にアイス屋はある。店内に入ると暑いからか、学校帰りと思しき高校生がちらほらいた。

 

「いらっしゃいませ! ご注文をどうぞ」

 

若い女性の店員がにっこりと笑って言う。俺はチョコ、のぞみは苺のアイスを頼んだ。ここのアイスはチョコならチョコクッキー、苺ならざく切りになった苺の果実が入っていて、食感までも楽しめるようになっている。それが俺のお気に入りポイントだ。 俺たちは球形に整えられたアイスを受け取り、空いている席に向かい合って座った。甘い匂いが早く食べてと誘ってくる。いただきますと声を揃えて言うと、二人同時に一口目を食べた。

 

「んー、おいしい!」

 

目を閉じて足を小さくバタバタさせながらのぞみが言う。相当美味しかったようだ。その動きに合わせて、彼女の髪も小さく揺れている。

 

「冬くん、これめっちゃ苺! どれくらい苺かっていうと、とにかく苺!」

 

食べ進めながらはしゃいで叫ぶ彼女はとても可愛かった。語彙力の低下の仕方には笑ってしまうが。

 

「語彙力下がりすぎ」

 

俺が笑いながらつっこむと、のぞみはムッとした。

 

「じゃあ、冬くんも食べてみてよ!」

 

ピンク色のアイス一口分を掬ったスプーンが、眼前に突きつけられる。これを食えと言うことらしい。これはいわゆる間接キスにあたるのではないだろうか。無駄にドキドキしてしまう。のぞみは意識していないらしく、平然とした顔をしている。

 

「はい、あーん」


さらにあーんまで要求される。物凄く恥ずかしい。だが、ここで逃げたら男が廃る気がした。目を瞑って、口を開ける。直後、ヒンヤリとしたものが舌に触れた。苺の風味が口に広がる、ような気がするが緊張でそれどころではなかった。

 

「ね、とにかく苺でしょ?」

「お、おう」

「ほらやっぱり! 私の語彙力が低下したわけじゃないもん」

 

のぞみは誇らしげにそう言っているが、その意味すら理解できない程度に俺の頭はやられていた。今、絶対顔が赤い。思った以上に、あーんと間接キスが恥ずかしかったのだ。というより、嬉しかったというべきか。心臓が高鳴りすぎて痛いくらいになっている。当の本人は気づいてすらいなそうなのに。

 

「ねぇ、冬くん」

 

名前を呼ばれただけで、さらに心臓が活発になる。このままでは爆発してしまいそうだ。気持ちを落ち着けるため、一度深呼吸をする。落ち着け、俺。そう頭の中で言ってから、返事をした。

 

「なに?」

「私もチョコアイス食べてみたいな。一口もらってもいい?」

 

だから、上目遣いで首かしげるのはずるいだろ! そう心の中で叫んでしまう。流石にそんなことを声に出したら引かれそうだ。

 

「……いいよ」

 

妙な間を開けて俺が答えると、のぞみは嬉しそうに笑った。そして、口を開ける。つまり、俺に食べさせろと言っているのだ。それはそれで恥ずかしい。しかし、さっきしてもらった以上退けなくなり、俺は一口分のアイスを掬って、のぞみの口に入れた。

 

「うわぁ、こっちもおいしい!」

 

無邪気にはしゃぐ彼女。それを見て、俺がいっそう顔を赤くしたのは言うまでもないだろう。

 

「あー、おいしかったー!」

 

アイスを食べ終わって店を出た。入る前より空は少し暗くなっている。隣を見ると、のぞみは頬を押さえてニヤニヤしていた。

 

「なにニヤついてんの?」

「ニヤついてなんかないよ! アイスの余韻に浸ってただけ」

「本当か? 俺にはそうは見えないけど」

「う、そんなこと……」

 

のぞみの言葉がそこで止まる。それは肯定を表すのだろう。

 

「……冬くんと遊べて嬉しかったなって思ってただけだもん」

 

ボソッと言った彼女の声は、幸か不幸か俺の耳まで届いていた。驚いて顔を見ると、ほんのりと頬が赤らんでいる。珍しく照れているらしい。

 

「へぇ、そっかそっか。それはよかった」

 

のぞみが照れているからか俺の方は少し余裕ができて、仕返しと言わんばかりに意地の悪い言い方をした。それに対して、彼女はじっと俺を睨んでくる。

 

「冬くんだってニヤニヤしてるし! 気持ち悪い!」

「きもっ!? 俺だってニヤニヤくらいするわ!」

「開き直んないでよ!」

「開き直ってねえよ!」

 

そこまで言ってから、俺たちは同時に噴き出した。夕方の街に二人の笑い声が響く。それはそのまま美しい夕焼けの空に吸い込まれていった。

 

「そんじゃ、帰るか。送ってく」

 

二人の笑いが収まったころ、のぞみにそう声をかけた。

 

「別に一人で大丈夫だよ。駅から歩いて10分くらいだし」

「いやでも、心配だから送る。気ぃ抜いてて途中でなんかあったら嫌だろ?」

「じゃあ、お願いしようかな」

 

そんなこんなでのぞみを送っていくことになった。病院で話していたときから、のぞみの家と俺の家は比較的近い場所にあることが分かっていた。最寄り駅が一緒で、通っていた中学校も隣なのだ。


「またいつか一緒に遊べるかなぁ」

 

最初は無言で歩いていた俺たちだったが、ふいにのぞみがそう言った。その声は暗いわけでも、だからといって楽しそうなわけでもなく、少ししみじみとしていた。そしてどこか諦めが混ざっているような感じだった。一時退院の許可というのはそう簡単に出るものではないはずだ。次に出るのは相当先のことになるかもしれないし、そのときには俺がのぞみから離れていってしまっているかもしれない。きっとのぞみはそんな経験を過去にしているのだと思う。だからこそ、諦めが入ってしまう。俺にも近いところがあるから、彼女の気持ちはよく分かった。その辛さも知っている。そんな俺だからこそ、のぞみを励ましてあげなければならない気がした。

 

「当たり前だろ。俺はのぞみとまた遊びたいし、そのためならどれだけ待たされたって構わない」

 

俺の言葉にのぞみがばっと顔を上げた。彼女の大きな目はほんのり潤んでいて、胸が苦しくなる。

 

「ほんと?」

「もちろん。いくらだって待つ」

 

俺はポンとのぞみの頭に手を乗せた。髪が乱れない程度に優しく撫でる。俺なんかの発言にどれだけ意味があるのか分からない。ただそれでも、彼女の心が少しでも救われるなら、何か安心できる言葉を告げたかった。


「それに、来年の春に俺おすすめの桜スポットに行くって約束しただろ。俺楽しみにしてんだから」


ニッと笑って言うと、のぞみは嬉しそうに頷いた。

 

「ごめんね、暗くなっちゃって! 私も次の春が楽しみ!」


のぞみの表情が明るくなったからか、周りまで明るくなった気がする。今俺には、彼女の周りが妙に輝いて見えていた。

 

「またな」

「うん、ばいばい」

 

彼女の家に着くと、すぐに手を振って別れた。名残惜しい気はしたが、家の前にずっといたら不審者に思われるだろう。それからしばらく歩いて自宅に着くと、正晴からSNSのメッセージが来ていた。

 

「やっほー、冬! 今日のデートどうだった? 今度ゆっくり聞くから覚悟しておいてね。あと、服返しに来るのはいつでもいいけど、今週はちょっと忙しいから来週以降でお願い。前の日までには連絡して。じゃーね(ハート)」

 

なぜだろうか。内容的には問題がないのだが、最後のハートマークが妙にムカつく。まあそんなことはいいとして、正晴は心配していてくれたらしい。文面からそれが伝わってきた。やっぱりあいつは優しい。俺は読み直して小さく笑ってから、返信しようと文字を打ち始めた。

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