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君と出会う春(2)

そういえば、何かを忘れている気がした。そうだ、正晴だ。後ろを振り返るが、なぜか姿が見えない。

 

「俺と一緒にいた男ってどこ行きました?」


タオルをしまっている彼女にそう聞くと、少しキョトンとした顔をされた。その顔のまま、ドアの方を指さす。

 

「あなたのことを中に押してから、すぐにいなくなっちゃいましたよ」


何がしたいんだあいつは。珍しく意図が全く読み取れなかった。いつものあいつなら面白がって後ろから見てそうなものだが、何かあるのだろうか。むしろ、一人にされてあたふたしている俺をからかおうという魂胆なのかもしれない。何にしたって、ここは俺ひとりで話をするしかないだろう。忘れ物を届けるためだけに来たわけではないのだから。

 

「今って時間ありますか?」

「はい、暇ですけど……」

「それなら、俺と話してもらってもいいですか?」

 

なんと誘ったらいいか迷ったが、結構直球に言ってしまった。俺に回りくどいことは向いていない。彼女は最初驚いていたが、俺の言葉がおかしかったみたいで笑いを漏らした。

 

「ふふっ、もう話してるじゃないですか」

 

口元を手で隠して肩を小さく震わせている。小柄なのもあってか、その姿はどこか消えてしまいそうな雰囲気があった。そんな不安に抗うように、俺も笑ってみせる。ぎこちない笑顔になっているかもしれないが、険しい顔でいるよりはマシなはずだ。


「でも、私も暇でしょうがなかったんです。おしゃべりの相手になってくれるなら大歓迎というか。ぜひいろいろ話しましょう」

 

彼女の言葉に深く頷く。暇で暇で仕方ないのは、同じ病院暮らしである俺にはよく分かった。

 

「えっと、じゃあ、まずは自己紹介から。俺は向こうの病室に入院してる森田冬です。年は今年で17になります」

 

緊張して堅くなってしまったが、目を見て言えた。それだけで俺基準では及第点である。聞いていた彼女の顔が綻ぶ。

 

「私も来月で17歳なんです! 同い年なら、こんなに堅くなる必要なかったですね」

「マジか。……それならタメ口でもいい、ですか? 正直敬語使うの苦手で」

「もちろん! 実は私も敬語はちょっと苦手」

 

話してみると思ったよりも話しやすくて、スラスラと言葉が出ていった。人見知りな俺にそうさせるなんて、彼女はすごい力を持っているのかもしれない。

 

「あ、私も自己紹介しなくちゃ。ここに入院してる小咲のぞみです。よろしくね、冬くん」

「えっ」

 

不意打ちされて、ついつい声が出てしまう。まさか急に名前呼びされるとは思っていなかったのだ。顔が赤くなってしまったのは、不慣れから来るものなのだろうか。女の子に名前で呼ばれるのは、かなり久々な気がする。

 

「ごめん、名前呼び嫌だった?」

 

勘違いをさせてしまったようだ。申し訳なさそうな感じで、彼女が俺を覗き込む。それに合わせて揺れた髪から、ほんのり甘い香りがした。

 

「違う違う。女の子から名前呼びされること滅多にないから驚いただけ」

「そっか、よかった! じゃあ、冬くんにも私のこと、のぞみって呼んでほしいな」

 

少し照れたように言う彼女。なんだかその期待を裏切ることができなくて、俺は頷いた。思い返せば、女の子のことを名前で呼ぶのなんて幼稚園以来ではないか。内心ものすごく緊張している。だが、それを悟られるのも格好悪いので、なんでもないことのようなふりをした。

 

「わかった。よろしくな、のぞみ」

「うん! ね、冬くんって高校通ってるの?」

 

のぞみが急にそう聞いてきた。 日本で、俺たちと同じ年の子なら、高校に通っている子の方が多いだろう。しかし、あえてどこの高校かではなく、高校に通っているのかを聞いてきたのだ。そのことから考えるに、彼女が高校に通っていない確率は高い。

 

「通ってない。のぞみは?」

「私も通ってないんだ」

 

思った通りだ。入院している理由が怪我などの一時的なものならともかく、きっと彼女はそうではない。まだ細かいことを聞くような真似はできないが、それだけは分かった。


「私たち似てるのかもね」

 

ふふっと笑いながら、のぞみが言う。それは高校のことだけではないのだろう。俺がのぞみに自分と似たものを見出したように、のぞみも俺から何かを感じ取ったのかもしれない。だからといって何があるわけでもないが、そうならいいと思った。


 

それから俺たちはいろいろな話をした。いつも何をして過ごしているか。好きなテレビ番組は何か。好きなアーティストは誰か。そんな他愛もない話ばかりだったが、とても楽しかった。家族や正晴以外とこんなに長い時間話すのは久しぶりで、ついつい熱弁してしまう場面もあった。

 

「ねぇ、冬くんって何の季節が好き? やっぱり冬?」

 

俺がもうそろそろ帰ろうかなと思った頃、のぞみがそう質問してきた。きっとここまでのように深い意味のない質問なのだろう。それは分かっている。それでも、その言葉は俺の心を抉るように襲いかかってきた。俺は歪みそうになる顔を何とか笑顔に変え、普通を装う。だが、それがしっかりとできているのかはわからなかった。

 

「……いや、冬はあんまり好きじゃない。むしろ嫌いな方かも。うーん、一番好きなのは春かな」

 

そんな俺の返事にのぞみは微笑んでいる。よかった、俺の変化には気づいていないようだ。

 

「実は私も冬って好きじゃないんだ。冬になると体調悪くなりやすいから」

 

長い前髪をいじりながら彼女が言った。 その発言に少しドキッとしてしまう。やっぱり似ているなと改めて感じた。

 

「ほんとに似てるね、私たち」

「あ、ああ」

 

彼女には申し訳ないが、俺には笑顔でいることの限界がきていた。もう随分話したし、今日のところは帰ってもいいだろう。俺が部屋に戻る旨を伝えると、のぞみは少ししゅんとしたが、すぐに笑顔になった。

 

「ね、また遊びに来てくれる?」

「おう。また来る」

 

俺はできるだけ満面の笑みを浮かべてそう答えた。それから手を振って、のぞみの病室を後にする。楽しかったはずなのに、モヤモヤした気持ちが心の中に残っていた。

 

自分の病室に戻ってドアを開けると、中には正晴がいた。俺は呆れてその頭を小突く。

 

「お前は一体何してんだよ」

「冬おかえりー。のぞみちゃんとは話せた?」

 

けらけらと笑いながら聞いてくる。俺はイラつきを隠そうともせず、答えた。

 

「話せましたけど何か?」

 

それを聞くと、正晴はさらに笑う。本当になんなんだかわからない。時折目元を擦る仕草もしていた。さしずめ笑いすぎて涙が出てきたというところだろう。

 

「……で」

 

俺がもう一度小突いてやろうかと思ったところで、正晴は仕切り直すようにそう言った。今までとは違う低い声に、少し緊張してしまう。

 

「何か嫌なことでもあった?」

 

さすがに鋭い。俺の少しの変化に気づいているのだろう。それは気づいてほしいときでも、そうでないときでも同じだ。 そして、今は後者である。

 

「いや、別に……あんまり言われたくないこと言われただけ」

「ふーん」

 

誤魔化そうとしたが、正晴の圧に逆らえず正直に答えてしまった。 それを聞いた正晴は、脚を組んで冷たい目をしている。 なんだか、少し機嫌が悪いように見えた。

 

「まあ、俺の体質について知らないんだからしょうがないけどな!」

 

俺が明るめに言うと、彼はふぅと息を吐き、頭をガシガシと掻いた。頭を掻くのは、どうにもならないことがあるときの正晴の癖だ。俺が傷つけられたことへの怒りの矛先を、どこへ向けたらいいか分からないのだろう。正晴は本当に優しいから、俺のために憤ってくれているのだ。そうなると分かっていたから、言いたくなかったのだが。

 

「……ま、冬が気にしないならそれでいいんじゃない」

 

頭を掻いていた手を下ろして、しぶしぶといった感じで言う。心配してくれているということが伝わってきて、なんだか少しむず痒かった。

 

「随分と話し込んでたみたいだけど、のぞみちゃんとは仲良くなったの?」 「ああ。他愛ない話してたら結構時間経っちゃっててな」

 

のぞみのことを思い出しながら返事をする。言われたくないことを言われたからといって、相手を苦手だと認識するような時期はもう過ぎている。しかも、今回の発言は、俺が自分の体質を隠しているからこそのもので、のぞみに悪いところは一切なかった。

 

「また来てねって言われたから、今度また行こうと思う。どうせお互い暇だしな」

 

俺がそう伝えると、正晴はちょっと安心したように表情を柔らかくした。その理由はよく分からなかったが、彼なりにいろいろと考えてくれているのだと思った。

 

「じゃあ、俺もうそろそろ帰るね」

「え、わざわざ俺が戻ってくるの待ってたのか? 待たずに帰ってもよかったのに」

  

伸びをしながら言った正晴に、俺は驚いて返した。もしかしたら、のぞみとどうなったのかが気になって待っていたのかもしれない。しかし、もしそうなら、正晴のことだし直で見ていそうなものだ。

 

「さあ?」

 

正晴は意地悪そうに笑うと、一度俺の頭をわしゃっと撫でた。


「まあ、頑張りなね」

 

そのまま、ヒラヒラと手を振って病室から出ていってしまう。俺は手を振り返しつつも、その応援の意味を考えていた。

 

正晴が去ってから少し経ち、電池が切れたようにベッドに寝転がる。今日一日でいろんなことが起こった気がした。いや、気がしただけではない。実際に起こったのだ。リハビリや正晴の見舞いはいつものことだが、のぞみとの出会いというのは、俺にとって非日常的なことだった。自分と似ている女の子との出会い。そこに大した意味はないのかもしれない。しかし、何かが大きく変わるような予感もしていた。

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