9、よろしくね!
色々と予想外の出来事が重なって、竜王様の娘のレベッカさんの冒険の手伝いをすることになった。彼女は見た目通りで竜人だ。人間の体に、竜の角と尻尾が生えた感じだ。まあ、見れば誰でも竜人、少なくとも自分たち人間とは違うことくらい分かる。
僕なんかが冒険の手伝い役でいいのだろうか?竜王様にはあの威力の魔法が1発でも撃てるなら大丈夫だ、と言われたけど、あれが本当に僕の力かと聞かれれば怪しい。スキル『ドラゴンズ・パワー(火)』で強化されているだけだ。
うっ、数時間ぶりの日差しはまぶしい。
スキル『夜目』を解除しないと、眩しくて土からでたモグラみたいになってしまう。
僕の前にいるレベッカさんも洞窟の出口で足を止めている。やっぱり、あの洞窟にいると太陽はまぶしいのだろう。
「大丈夫ですか?」
「竜族だから」
レベッカさんはそっぽを向いたまま呟くように答えた。せめて、目くらい合わせてもらえると助かるんだけどな。それに、答えになってないし。
人間に慣れていないのか、単純に嫌われているのかは分からないが、少しずつ仲良くなれると良いな。竜王様の言い方的に、僕が彼女の冒険の手伝いをするらしい。そういえば、期間とかを言っていなかったな......。
レベッカさんは正反対の方向に歩き始めた。どうして、ああも自信満々に道を間違えられるのだろうか。せめて、僕に一声かけてくれたら良いのに。
「レベッカさん、逆ですよ。僕の家は向こうです」
「分かった」
ものすごく気まずい。彼女も僕と同じで口数が少ないのだろう。2人とも何も喋らないし、何を話すべきなのかも皆目見当が付かない。
洞窟を出てから結構歩いた気がするのだが、魔物が現れない。いや、魔物の気配すら感じない。いつもなら僕が弱いと思って襲いかかって来るのだが。その時、パッと視界にレベッカさんが入った。
あ、レベッカさんか。
僕は慣れてしまったが、レベッカさんの出す魔力は竜族のものだ。ただでさえ、魔物は魔力に敏感だから、僕達はここに竜族がいますよと宣伝しながら歩いているのだろう。
人と会うまでに、魔力を引っ込めてもらわないとな。万が一にでも、竜人の彼女が街に来ていると知れたら、街中パニックになるだろう。もし僕だったら逃げ出すよ。
「その魔力を抑えることはできる?」
「私は竜族です」
「じゃあ、頼むよ」
会話になってないんだよな。何かを肯定する時のセリフが、私は竜族じゃ困る。僕以外の誰かにそんなことを言った日には、周りから馬鹿だと勘違いされかねない。それに怒った竜王様が街を吹き飛ばす。
いや、ありえそうだから怖いな。僕はレベッカさんの実力すら知らない。もしかしたら、彼女1人でも街を吹き飛ばせるかもしれないが、まあ滅多にそんなことはしないだろう。
吹き飛ばされてからでも遅いから、今のうちに釘を刺しておくべきか。いや、そんなことを言ったら、竜族を舐めていると受け取られるかな。でも、僕は彼女の案内係なんだよな。街に入るつもりは無いが、ちょっと注意事項を言っても大丈夫だよな。
これくらい聞いてくれなきゃ、竜王様に送り返すしか無い。
「街中では魔法の威力に気をつけてね」
「......ええ」
おい、何だよその間は。もしかして魔法の威力の調整が苦手なのか、それともムカついたら誰でも本気で叩きのめすということだろうか。後者だったら、僕もマズい。
きっと、竜王様にも言い含められているだろうし、僕も絡んできそうな相手に気を付けていれば大丈夫だろう。
そんな起きるか分からない話より、絶対に起こり得る問題について考えなければ。彼女の見た目についてである。誰でも竜人だと分かるその見た目をどうにかする必要がある。僕のアチーブメントの達成報酬にスキル『認識阻害』があるが、これは姿ごと消してしまう。姿まで消されると、色々と面倒が起こりそうだ。
もう頼れるのは1人しかいない。まあ、レベッカさんの世話を頼むつもりだったからちょうど良い。まあ、その人だったら大体のことは卒なくこなしてしまう。
魔物が一切現れない森を歩いていると、僕の家が見えてきた。東と西の端にある青い塔が目印の家だ。僕の感覚だと、家というより屋敷だが。
「フィリアさん、お願いがあります」
「遅かったですね」
「うん、色々とあってね」
フィリアさんに事情を言ったら怒られること間違いなしである。1人で竜王様が住む洞窟に入って、その娘を連れて帰って来たなんて、口が裂けても言えない。
フィリアさんのことだから、ある程度のところまでは察しているのだろうが。
今の問題はレベッカさんをなんと言って、フィリアさんに預けるかである。正直に事情を話しすのもありだが、僕がレベッカさんの冒険の手伝いをするという竜王様との約束が守れなくなってしまう。下手に嘘をついても、フィリアさんの質問攻めにあって、正直に話すしか無くなってしまう。
つまり、何も言わないのが一番だろう。まあ、始めから説明するのも面倒臭いし。
「まあ、いつも通りですね。それで、後ろにいる方は誰ですか?」
「僕が14歳になるまでの間、彼女に勉強を教えてくれない?よろしくね!」
フィリアさんの事だ。何か文句を言うかも知れないが、絶対にやってくれる。それに、僕の知り合いの中で、周りの人からレベッカさんが竜人に見えないようになる魔法を使えるのもフィリアさんだけだろう。
「この子は?」
「私はレベッカです。誇り高き......そう、誇り高く生きるのが信条です」
明らかに、誇り高き竜族です、と言おうとしていた。彼女の口癖みたいなものだから仕方ないが、これからは控えてもらわないと困る。
僕がうんと頷くと、フィリアさんは溜め息をつきながら後ろを向いた。
「レベッカさん、ついてきなさい」
「私を誰だと」
「この家に住みたいなら、ついてきなさい!」
フィリアさんが魔力を強めた。やっぱり、この無言の圧力が誰にとっても強力なようで、レベッカさんもブツブツと呟きながらついて行った。
そく考えてみると、フィリアさんのスパルタ指導にレベッカさんが耐えられるかは心配だ。初めの頃は、僕もビシバシ指導されたものだ。それに、彼女には人間の常識も覚えないといけないから、僕よりも大変だというわけだ。
怒って竜王様が街を吹き飛ばしに来なければいいが。
レベッカさんのおかげで、僕はこの1週間くらいは暇だろう。その間に、アチーブメントを進めておくか。