7、強敵なのか!
キイィーー
竜人の少女に別れを告げて、通って来た洞窟の方に足を向けると、耳をつんざくような鳥の鳴き声が聞こえてきた。家の木に来る鳥の鳴き声とは、竜とスライムの差で嫌な予感しかしない。
面倒なことになりそうだなぁ。
ただでさえ、どこかの竜王が住む洞窟に行ってしまったのに、その上に謎の鳥まで来るなんて、今日は本当についていない。まあ、面白そうだから問題無いが。
「少年、そっちは任せたぞ」
えっ、僕は家に帰るんだから、勝手に決められても......。前からは謎の鳥、後ろからは子持ちの竜、左右にはゴツゴツとした岩、四面楚歌という言葉の意味がよく分かった。
できれば四面宴会とかがいいな。あっ、こっちも騒がしくて疲れそうだ。
そっちは任せたと言われても、僕には謎の鳥が来ていることしか分からない。せめて、どんな鳥か教えてくれればいいのに。敵の強さも倒し方も分からないのに、戦いを挑むなんて全く面白くない。
ああ、面倒臭い。
ここで戦うのを放棄して、竜王様に怒られるのも面倒臭い。どっちがより楽しいか考えると、答えは1つに定まった。
「おい、聞いているのか!」
「はい、戦います」
「負けたら許さんぞ。こっちはもう手一杯だ」
『火竜王の友人を達成しました』
いや、負けたら死ぬんだから、許すも何も無いだろう。もちろん、僕は戦いに勝って、無事に家に帰るつもりだ。家に帰っても、メイドのフィリアさんに怒られるので、ちょっと気が引けるが。
というか、火竜王の友人って何だよ。達成条件が火竜王に認められるっていうのも気になる。今までの会話のどこにそんな要素があったのか皆目分からない。むしろ、友人だったら助けてくれるよね、みたいな感じで友人の立場を上手く利用しようとしている気がする。
でも、達成報酬が良いんだったら、まだ許せる。竜王の加護みたいな感じだといいな。
「アチーブメント一覧、オープン」
「えーと、スキル『ドラゴンズ・パワー(火)』で、火竜王の魔法を1回使えるのか。」
つまり、一定量の魔力を追加で消費することで、自分の魔法を火竜王が撃った時と同じ威力にできるということだ。面白そうだけど、魔力の消費量が分からないので、今のところは最終兵器にしかできない。1回試せれば良いのだが、敵が刻一刻と迫っている状況でできるわけが無い。
敵を倒す面倒臭さと、差し引き半分くらいの達成報酬だ。
「勝っても、娘に手を出したことは許さんがな」
敵は眼の前から来ていて逃げ場はないし、勝っても負けても怒られるらしい。四面楚歌&前門の虎、後門の狼の実写版が始まろうとしている。
敵の魔力も近付いてきた。足音というよりかは、バサバサと翼を動かす音が聞こえる。鳥の魔物は群れになっていることが多いので、広範囲の魔法を数発打てれば、解決するだろう。
まあ、ドラゴンみたいなのが来たら、話は別だが。もしそうなったら、洞窟の奥にいる火竜王とポジション交代だ。
「さあ、頑張るか」
不思議なものだ。おそらく自分より強い相手に挑むのに、前世と違って恐怖心が湧いてこない。むしろ、どんな敵でも倒してやろうという気概さえ湧いてくる。
それにしても敵が見えない。竜王に合う前に、スキル『夜目』を獲得したのだが、それでも30mくらい先までが限界みたいだ。
こんな視界じゃ、敵を見つけてから撃てる魔法はせいぜい2発だろう。もし前衛の体力がとんでもなく多かったら、前衛より後ろの敵にやられてしまう。スキル『ドラゴンズ・パワー(火)』があるから、あの火竜王の魔法が強力であることを祈るのみである。
キィ、キイィーー
再び耳をつんざくような鳥の鳴き声が聞こえてきた。洞窟の壁に反響して、より不気味さを増している。心做しか寒くなってきた。それに、魔力の圧力がスゴい。姿は見えないが、もう何かがいるということは分かる。
「スキル『ドラゴンズ・パワー(火)』発動、ファイアーボール!」
いつもなら手のひらと同じ大きさなのに、ぐんぐんとファイアーボールが大きくなっていく。魔法も威力が高ければ良いというわけじゃ無い。実際、僕の腕は小刻みにプルプルと震え始めた。
大きくなったファイアーボールが天井まで届き、洞窟がゴゴゴゴと鳴り始めた時、僕の腕が限界を迎えた。といっても、腕がちぎれるわけでは無い。むしろ、そうだったら困る。人間の本能として、限界を迎えたときはその時点で魔法を発射する。
かすかに魔物の赤い目がキラリと光ったとき、僕のファイアーボールが進み始めた。飛んで行ったのではなく、進んで行ったのである。ガガガッと洞窟の天井を削りながら。
「竜王様と戦わなくて良かったぁ。」
思わず声が出てしまった。こんなが迫ってきたら、本当にどうしようも無い。それに、僕の腕が限界だっただけで、火竜王のファイアーボールはまだまだ成長の途中だった。
ふと深呼吸をしてみると、前からの圧力より、後ろの火竜王からの圧力の方が強い。というか、ゴゴゴゴという音が聞こえてきそうなくらいの殺気を感じる。
あれ、魔力が弱くなった?
戦場での異変には敏感であれ。これはフィリアさんが言っていた言葉だ。彼女は変なこともするけど、元冒険者のことはあって指導は的確だ。まあ、そんなことは置いといて、今は異変についてだ。以前は、異変の理由に気付けなかったら、夕食が野菜と牛乳だけになったものだ。
ただ夕食に野菜と牛乳を出すだけが、フィリアさんでは無い。それに、僕も野菜が特段嫌いなわけじゃない。
彼女らしさはここからだ。野菜を潰して牛乳に混ぜるのである。見た目はオートミール、色はベージュ。酷いのはここからだ。
この物体を睨んでいても食欲が減る一方だから、スープンですくって口に近付ける。素早く口に入れられれば良いのだが、こぼさないようにそっと動かしていると、その何とも言えない匂いが香ってくるのである。野菜の青臭さ、ピーマンの苦味、大根の辛味、その他諸々が僕の鼻の中で暴れ始めるのである。
味さえ良ければどうにかなるのだが、もちろん味も最悪だ。温めたレタスのフニャシャキ感、ナスのスポンジ感、ミニトマトのプチッという噛み応え、1つ1つは美味しいのだが、全部混ぜると普通にマズい。
『美味しい+美味しい=美味しい』になるとは限らないんだよなぁ。
キイィィィーー、ドォーーン
「来たか......あれ?」
敵の鳴き声が今までで一番大きかったので、戦闘開始の合図かと思ったが、敵が見当たらない。
あ、魔力を感じない!
そういえば、僕が撃ったファイアーボールも見当たらない。これは鳴き声の後に爆発音が聞こえたから、無くなっていても不思議じゃない。
『一撃必殺を達成しました』
ちょっと黙ってて。まったく、うちのアチーブメントは空気が読めないのだろうか。
今は敵を見つけないと。......あれ、一撃必殺って、倒したってことだよな。つまり、ファイアーボール1個で敵を全滅した、ということだろうか。
うーん、何だか勝った気がしない。
「少年、来てくれないか!」
うわ、びっくりした。
洞窟の反響で、ますます重々しくなった竜王様の声が聞こえてきた。気のせいかもしれないが、威圧的な感じには聞こえなかった。
「聞いているのか?」
「うん、分かったぁ!」
この世界に転生して初めて、声を張った。前世でも、そんな経験は無かったから、声が裏返ってしまった。洞窟の反響で、変に聞こえてないといいな。
まだ初心者で改善点があると思うので、なにかあれば感想で教えていただけると助かります。
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