color~色の異世界冒険記 第19話【伽耶の章】魔法の画材
伽耶が目を覚ますと既に外は日が昇り、鳥達のさえずる声が聞こえていた。
「おはようございます伽耶さん。昨日はよく眠れましたか?」
「あら、ヒロシおはよう。おかげさまでぐっすり眠れたわ。それに思ったほど疲れが残ってないみたい」
「おそらく、泉の水の力と魔法が宿るキノコスープのおかげでしょう」
「ふーん、そうなの。colorの世界には不思議な力があるのね。」
いったいこの夢は、いつになれば覚めるのだろう。適当に返事を返してやり過ごしていれば、そのうち終わるはずだが。もしかすると、自分は今頃生死の境をさまよっているのではなかろうか。伽耶はそんな不安を抱きながら身支度を済ますと、さっそく朝食の準備が出来たようなので、下の階にある食堂へと向かったのだった。
部屋の戸を開けて中に入ると、テーブルには豆の入ったサラダや、ベーコンのスクランブルエッグにほうれん草のバター炒めなど、朝食らしいメニューがワンプレートで用意されていた。そして横には山積みになったパンがあり、好きなだけおかわり出来るのである。朝からそんなに沢山食べはしないのだが、それでも先の事を考えると、出来るだけ栄養を取っておく必要があるだろう。
とりあえず、まずは卵料理をパクリ。これは濃厚な味ででとてもコクがある。おそらく、とても新鮮な卵なのだろう。ほうれん草のバター炒めは大好物の料理、バターが沢山入っていて美味しい。さて、パンは二枚ほどいただこうか。これも柔らかくてほのかに甘く、なかなか良い味である。それからこのお茶はハーブティーか?とてもよい香りがする。味のほうは少しクセがあるが、思いのほか悪くはない。
「ごちそうさまでした。美味しかったです!」
初めての異世界飯であったが、思いのほか食べられる内容だったので、とりあえずは安心したのであった。
「ところでヒロシ、これからどうするの?」
「はい、伽耶さんは役所に行って職業の届け出をしなければなりません。なので、まずはフラワデリアの城下町へ向かいましょう」
「ふーん。ところで、そこまでは遠いの?それと、道中は安全なのかしら」
「あの…多少魔物が出る可能性があるので、簡単な装備を整えた方がいいですね。」
「なに、あんたもしかして、私みたいなか弱い女の子に戦えっていうの?あんたが私を守るのが普通だと思うんだけど」
「えっと…それはですね。これからの事を考えると、伽耶さんも戦えるようにした方がいいんですよね、やはり旅に魔物はつきものですから…」
ヒロシはいったい何を考えているのだろうか。それじゃ、もしかして自分が勇者になれるとでもいうのか?冗談はやめてくれ。どこの世界にこんなか弱い勇者がいるというのだ。
「そんなこと言っても、私は運動音痴だし、昔から絵を描く事以外は取り柄がない人間なのよ。そんな私に魔物が倒せる訳がないわ」
「そんな事ありませんよ。だって伽耶さんは、昨日あの精霊をぶちのめしたじゃありませんか」
それは、あの変なおじさんがとんでもない姿で現れたから、とっさに手が出ただけである。そうしたらたまたまそれがクリーンヒットして…。
「僕は昨日の必殺技を『弾丸平手打ち』と名付けました。もしかすると伽耶さんは戦士というより格闘家タイプなのかもしれませんね」
伽耶は、素手で戦うくらいならまだ戦士の方がましだと思ったので、渋々ヒロシに従う事にしたのであった。
「ねえヒロシ、私何もかも分からないからとりあえず、店の人に全て選んでもらいたいんだけど」
「そうですね、最初はそれが良いかもしれませんね。」
とりあえず武器屋とその隣に併設された防具屋で、全ての装備を選んでもらった伽耶は、ヒロシの指示で携帯のアプリをダウンロードすると、そこに入っていた電子マネーで、決済をしたのである。
「もう、こんな便利なものがあるならはやく言ってよね!」
「すみません。昨日はたまたま悪魔達が忘れていったコインがあったので…」
「嘘でしょう?ちょっと、それじゃあんた泥棒じゃない。すぐに警察へ行って自首した方がいいわよ」
「伽耶さん勘弁してくださいよ!こういう場合、だいたいは許されるんじゃないですか?」
「何を言ってるの!泥棒は泥棒よ。れっきとした犯罪行為だわ。とにかく、もしあなたが逮捕されたとしても、私は絶対かばわないからね!」
伽耶はヒロシの事をきつく叱りつけ、もう二度とそんな事をしないように言い聞かせたのだった。
「ねえさっき宿屋の娘さんに聞いたんだけど、町までの距離は結構遠いんでしょう?」
「そうですね。なので、とりあえず乗り物なんかがあれば良いのですが」
伽耶達が乗り物を探してふらりと立ち寄った一軒の店。そこはなんと、画材の専門店であった。
「油絵の具に、水彩、木炭なんかも!結構色々あるんですね」
「ああ、これは魔法絵師達が使う特殊な画材で、描いた絵が動き出したり、現実に現れたりするのですよ」
「…つまり、乗り物なんかを描けばそれが本物になるって事ですか?」
「ああ、そうだよ。でも、それにはある程度の技術がないといけないけれどね」
伽耶には自信があった。自分が唯一人に自慢出来る事、それは絵を描く事だからである。伽耶は中でも一番手頃な値段である水彩絵の具セットと筆を何種類か購入し、急いで外に出ると、ヒロシに画用紙と水を用意させた。
「さあ始めるわよ。見てなさい!」
パレットに絵の具を出してその上に筆で水をたらすと、それをよく混ぜてからもう一つの筆を使い画用紙を軽く濡らした。そして、絵の具を使って一気に描きあげたのは、黄色いスポーツカーであった。
天気が良い事もあってすぐに乾燥した水彩画を見ていると、突然描かれた自動車が動き出してみるみる大きくなると、画用紙から飛び出して伽耶達の目の前に現れたのであった。
「すごい!本物の車だわ。でも私免許持ってないから、どうしましょう」
「大丈夫ですよ伽耶さん。魔法の車は自動運転ですから。さっそく向かいましょう」
こうして伽耶達は、魔法の力で描いたスポーツカーに乗り、フラワデリアの町を目指したのであった。