color~色の異世界冒険記【伽耶の章】 第17話 花の村ベロニカ
日暮れ前までの時間に、どうにか森を抜け出す事が出来た三人は、川沿いの歩道をひたすら真っ直ぐ進んでいた。しばらくして、先の方に緑色の橋が見えて来ると、シュンは伽耶達をそこまで案内したのであった。
「伽耶さん、よく頑張ったね。村まではあと少しだよ。ほら、あそこに看板があるのが分かるかい?」
伽耶が目をこらして遠くを見ると、そこには木の看板らしきものが立っているのであった。どれだけ長い道のりを歩いて来たことだろうか。中学時代の遠足で山を登った時でさえ、こんなに疲れたりはしなかった。
それでも今までなら、もう既に足は上がらないはずである。なんせ伽耶は運動が大の苦手なのだから。
さて、いよいよ看板の前までやって来た三人は、矢印の指す方向へと歩いて行くと、ついに目的地の村ベロニカにたどり着いたのであった。
「ようやく付きましたね伽耶さん。ではさっそく、今日泊まる宿でも探しましょうか」
「あれ?この魔物はしゃべれるんだね。面白い奴だな…。まあいいや。とりあえず宿を探しているなら、しげさんのところに行くといいよ。俺が案内するからさ」
シュンはそう言って伽耶達を村の中へと案内するのであった。親切な人に出会えてよかった。どうやら今日はゆっくり休めそうである。
「なんだ、シュンじゃあないか、いらっしゃい。おや、今日はお連れさんも一緒かね」
宿屋の主人であるサボイアール・シゲは、とても親切な老人であった。彼は伽耶の様子を見ると、夕方に突然おしかけたにもかかわらず、すぐに部屋を準備してくれるというのだ。
「ありがとうございます。ところで、お代はおいくらでしょうか?」
「今からだと、夕食もこみで一泊7500ラベルになりますが…」
「ねえヒロシ、ところであんたお金持ってるの?」
「大丈夫です。ありますよ」
彼はそう言うと、自分の体を開いて何ページかめくると、突然放たれたまばゆい光と共に麻袋を召喚したのであった。さっそく伽耶がそれを受け取り、中から取り出したのは、ブロンズ色をしたコインであった。
「ああ、これは魔族のコインだな…。分かりました。とりあえず、何枚持っていますか?」
「3枚ほどですが、これでもよろしいでしょうか?」
「…構いませんよ。では、食事の準備が出来るまで、部屋でおくつろぎ下さい。サユリ、案内して差し上げて」
すると後ろの部屋から一人の女性が現れて、伽耶達に挨拶をすると、すぐさま二階の部屋へと案内してくれたのだった。
「私はシゲの娘サユリと申します。何かありましたら気軽に声をかけて下さいね」
「はい、ご親切にありがとうございます」
「ああそれと、うちは山から温泉をひいているので、よかったらご利用下さい。着替えはタンスの中にございます」
「そうなんだ!じゃあ、さっそく入らせてもらいます」
「僕は入りませんよ。だって本なんですからね」
「当然よ!そういえば、ヒロシって男の子なの?」
「はい、一応そうですけど…」
「だったら尚更、これからの行動には気をつける事ね。女性を怒らせると怖いわよ」
快感である。見た目が美人になった事で、今までにない自信が湧いてくるのだから。きっとこれから自分には輝ける未来が待っているに違いない。伽耶はそう思ったのだった。
大浴場の脱衣所で服を脱いだ伽耶は、さっそく置いてあった全身が見える鍵の前に立つと、全く別人に変貌をとげた自分の姿を見て、我ながら興奮してしまうのだった。しかし、顔立ちはどこか前の面影が残っていたので、見る人が見たら自分に気付くかもしれないが…。
とりあえず、今なら他の女性達はどのように自分を見るのだろうか。伽耶は少し期待をしながらガラス戸を開けたのだが、結局そこは他に誰もいない貸切風呂であった。
「とりあえず、前みたいに体を隠そうという気持ちが薄らいだ気がするわ。だって私、今はとても美人なんだもの」
温泉から出て部屋に戻った伽耶が自慢げに話すと、ヒロシは冷ややかな表情を浮かべてこう言った。
「よかったですね。まあ、これで伽耶さんもやる気になったでしょう?」
「ええ、私がこの美貌で世界中を平和にしてみせるわ…まって、きっとそうよ!あの美咲も泉の水を飲んだに違いないわ!だって彼女、学生の時は本気でブスだったのよ」
本気でブスとはよく言ってもんだ。自分だって元々はそれほど綺麗ではなかったではないのか。
「ところでヒロシ、結局みんなはどこに行ってしまったのかしら。何か手がかりはないの?」
「恐らく皆さんは、どこか別々の場所へと降りたったはずです。なんらかの魔法の力で、私達がやって来る事を止めようとした奴がいたんだと思います」
「じゃあ、さっそくRMOで連絡とってみるわ。それからどこかで落ち合えばいいわよね」
『RMO』とは、伽耶達が利用しているチャットアプリで、友人達も皆これを利用しているのである。
紗央里、応答せよ!今どこにいる?
全く返信はなく、既読にもならない。彼女は気付いていないのだろうか?
「伽耶さん、ここでは外の世界のアプリは使えませんし、電話も通じませんよ。でもその代わり、OBAというアプリが使えますので、それをダウンロードして下さい」
ヒロシはそう言って自分のページを何枚かめくると、そこに現れたのはQRコードであった。
「まったく、こんなものがあるなら早く言いなさいよ…」
伽耶はぶつぶつと文句を言いながらそのアプリをダウンロードし終えると、部屋のベッドに倒れ込んだのであった。伽耶の疲れはピークに達しており、既に限界だったのである。しかし、程なくして食事に呼ばれた彼女は、重い体を引きずるようにして、一階の食堂へと向かったのだった。
「今日は森で取れたスタミナキノコと野菜のスープ、そしてローストチキンにパンです。おかわりはありますので、よろしければお声がけ下さい」
サユリが運んできた料理はどれもシンプルなものであったが、とてもバランスが良い内容で、スタミナがつきそうである。
「じゃあ、いただきます!」
さっそく伽耶は切り分けられたローストビーフを口にすると、それはとても柔らかくてちょうど良い塩加減なのであった。
「美味しい!薄味だけどいい香りがして食が進みます」
「はい、ローストには村特産のハーブを使用しています。それと、鳥も村で育てているんですよ」
この村は農業が盛んなところなのだろうか。まあいずれにせよ、異世界生活一発目の風土料理が、あまり独特なものでなくてよかった。スープも単に塩で味付けされたもののようだし、食べられない料理では無さそうである。伽耶は疲れてはいたものの、とてもお腹が空いていたので、それらをあっという間にたいらげると、キッチンにいたサユリに礼をしてすぐに部屋へと戻ったのであった。