color~色の異世界冒険記 第16話 【伽耶の章】 二人の悪魔
悪魔の一人は草をかき分けながら、徐々に近づいて来た。そしてついに伽耶の姿を見つけると、不気味な笑みを浮かべながらこう言ったのである。
「おや、お前は人間の女だな。こんな所で何をしているんだ!」
悪魔が伽耶に掴みかかろうとしたその時、もう一人の悪魔がそれを慌てて止めたのであった。
「やめなさいギギ。お嬢さんが恐がっているじゃないか…すみません。大丈夫でしたか?」
ずいぶんと礼儀正しい悪魔である。どうやら、相手を見た目で判断してはいけなかったのかもしれない。
「えっと…とりあえず大丈夫です」
「そうですか、安心しました。私は魔族のザザと申します。そして、こっちが…」
「ギギだ!悪かったな、驚かしちまって。ところでこの辺りで怪しいやつを見かけなかったかい?」
「それならさっき、泉の精霊とかいう裸のおじさんに襲われたんです。ああ、怖かったわ!」
「おや、精霊ですか?やつらは大昔から我々魔族と対立している奴らです。さっそく私が行って懲らしめてやりましょう」
「待って下さい!彼は恐ろしい生き物に襲われて気を失っています。だから心配はいりませんよ」
伽耶はとっさに嘘をついてしまった。まさか、自分が精霊を突き飛ばして気絶させたなどと、言えるはずもなかったのである。
「ハハハ、自業自得だな。きっと奴はいつものように素っ裸で現れたんだろうぜ!みっともない」
「そうなんです。私の目の前にいきなりやって来て、その汚らしい裸体を見せつけて来たんです。それで私は、慌てて逃げて来たところだったんです」
それを聞いたザザは、とても気の毒そうにしてこう答えた。
「そうでしたか、大変な目にあいましたね。奴らの言うことを信じてはいけませんよ。なんせ、全てが嘘なんですからね」
「ああ、その通りさ。どうせ奴のことだから、下心で近づいて来たに違いないぜ。お嬢さん、命拾いしたな」
「やれやれ…ところで、お名前を伺ってませんでしよね。それと、私達は国家の治安部隊に所属しておりまして、宜しければ手荷物検査にご協力いただきたいのですが…」
伽耶はすっかり悪魔達の事を信用したので、あっさり自分の名前を名乗ると、素直に持っていた荷物を手渡したのであった。
「有難うございます…おや?これは鍵でしょうか。こんなものをどこで手に入れたのですか?」
急に顔色が変わった悪魔のザザは、金色に輝く鍵を見て何かを悟ったようであった。
「なるほど。どうやらあなたは、三人の戦士の一人みたいですね。伽耶さん、他の仲間たちはいったいどこにいるのですか?」
「それが、分からないんです。私がさっき平原で意識を取り戻した時には、一人きりだったんですから」
「なあ、大人しく本当の事を言った方がいいぜ。俺達は手荒なまねはしたく無いんだからな」
「とりあえず、貴方は親方様のところへお連れした方が良さそうですね。さあ、行きますよ」
突然ザザは伽耶の手を掴んで体を抱えあげると、背中に生えた翼を広げ、その場から飛びたとうとした。
「ちょっと待って下さい。何ですか急に。私は村まで行きたいのよ。はなして下さい!」
その時であった。木の後ろから素早く現れた何者かが、ザザに石を投げつけ、ひるんだ隙に伽耶を助け出したのであった。
「危なかったな。怪我はないか?」
「はい、大丈夫です」
その青い目をした金髪の青年は、伽耶を少し離れた木の影まで連れて来ると、再び悪魔達に近づいて行った。
「何のつもりですか?貴方はいったい…」
ザザは一見すると冷静に見えたが、伽耶には相当怒っているのが分かった。逆に相棒のギギは感情的な性格でとても分かりやすい。
「お前はいったい誰だって聞いているんだよ!名前ぐらい答えろ」
「俺の名はシュン、村の便利屋さ。それよりお前ら、女性に乱暴は良くないな」
「乱暴?笑わせないで下さい。私達は彼女を親方様とのティータイムにご招待するのですよ」
「嘘をつくな!お前らはあの残忍な魔大帝派の悪魔だろう。全く信用なんかできないぜ」
「何だって?この野郎!」
腹を立てたギギは、勢いよく青年の顔面に拳を突き出した。しかし、それを間一髪でかわした彼は、悪魔の手を掴んで後ろ側に回り込むと、そのまま力一杯抑えつけたのであった。
「いてて、なんだ、お前こそ暴力振るいやがって!」
「分かったか?降参すれば今日のところは見逃してやる」
「分かった、降参だ勘弁してくれ」
すると彼は掴んでいた手をはなし、その弱々しい悪魔を軽く突き飛ばしたのである。どうやら二人の悪魔は、シュンの強さに手も足も出ないらしい。
「くそ!信用出来ないのは貴様の方だろう。覚えてやがれ!」
先程とはうって変わって汚い言葉を吐き捨てたザザは、相棒のギギを連れて空高く舞い上がると、そのままどこかへ消えていったのであった。
「あの、助けていただいてありがとうございます。」
「いやいいんだよ、困った人を助けるのは当たり前だからね。ところで名前は?」
「伽耶といいます。実は、森を抜けたところにある村を目指しているのですが…」
「なんだ、そうだったのか。それなら案内するよ。僕はその村に住んでいるんだ」
「よかった、助かりました。では、お言葉に甘えてご一緒させて頂きます」
「ちょっと待って下さいよ。僕もいるんですからね!」
草の影から姿を現したヒロシを見て、伽耶は小さく舌打ちをした。
「驚いた、本の魔物かい?君は変わったペットを連れているんだな」
はたからしたら、そんなふうに見えるのだろうか。彼女は笑いをこらえるのに必死であったが、その頼りない魔物はふてくされているように見えた。
「そうなんです。かわいいペットなんですよ。頼りないけど少しは役にたつんですから」
「ははは、そうかい。それはそうと、さっき泉を通ったんだが、精霊の気配が無かったんだ。いったいどうしたんだろう。もしかすると、魔物にでも襲われたのかもしれないな」
「まさか、あんな奴を襲う物好きなんているはずがないわ」
「おや、奴を知っているのかい?」
「いえ、あの辺りに危険な男が潜んでいると風の便りで聞いたものですから」
「そうか…さて、そろそろ行かないと日が暮れてしまう。伽耶さん、村まではあと少しだから、なんとか頑張ってくれよ」
もうあんな恐ろしい奴らに会うのはごめんである。身も心も疲れ果ててしまった伽耶であったが、気合いを入れ直してなんとか前へと進んでいったのであった。