color~色の異世界冒険記 第15話 【伽耶の章】 不思議な泉
伽耶は目の前に突然現れた精霊の姿を見て、たまらず悲鳴をあげた。
「きゃー、やめて下さいどっか行って!いやー」
普段は穏やかな性格の彼女でも、精霊の生まれたままの姿に拒絶反応を起こしてしまった。頭頂部は見事なまでに禿げ、左右の髪は無造作に伸びている、そんなお腹の出たおじさんが、突然素っ裸で現れたのだから、彼女はもうパニック状態である。
「始めましてお嬢さん。私がこの泉の精霊イッサンです。どうぞよろしく」
「もう、よろしくとかやめて下さい。とりあえず、そんな格好で女性の前に現れたら、私の世界じゃ犯罪ですからね。てか、寄らないでよキモいから」
「キモい?あなたの国では変わった挨拶があるのですね…まあいいでしょう。さっそく私が、特別な力を授けて差し上げます」
こいつはイカれている。キモいって意味分かってないのか?伽耶があまりのショックに硬直していると、イッサンは徐々に近づいて来て、ついには目の前で手を差し伸べてきたのであった。
「だから、寄らないでって言ってるでしょ!この変態!」
バキッ……ドカッ
とっさに彼女は、精霊に対して強烈な平手打ちをくらわし、ひるんだ隙に力一杯蹴り飛ばしたのである。吹き飛ばされたイッサンは大木に激突すると、そのまま気を失って倒れこんだのであった。
「さすが伽耶さん。あなたはやはり光の戦士なのですね」
「ふーん、あんた見てたんだ。見たら殺すって言ったよね?聞いてた?」
先ほどは異変を感じて伽耶を助けようとしたヒロシなのだが、かえって彼女の怒りを買うことになったのは、いささか誤算であった。
「ごめんなさい。でも自分は、伽耶さんがピンチだったから何とかしようと…」
ヒロシは慌てて魔法の力を使いタオルを召喚すると、後ろを向いた状態で伽耶の頭に落とした。彼女はそれで体を拭いてから急いで服を着ると、泉の水を両手ですくい上げ、一気に飲み干したのだった。
「ぷはー、生き返るわ!それにしても美味しい水だね」
相当喉が渇いていたのだろう。泉の水を飲んだ事で、少し気分が良くなったようである。すると彼女は、体に妙な違和感を感じてすぐさま自身の胸を触った。おかしい、以前より大きくなった気がする。そして、下を向いて泉に写し出された自分の姿を見た伽耶は、その変貌ぶりに一瞬言葉を失ったのであった。
「ねえひろし!私、明らかに美人になってるわよね。どういうこと?」
「僕はこの世界に不思議な泉があると聞いたことがあります。それはどうやらこの泉だったみたいですね」
まるでモデルのような自身の姿にすっかり気を良くした彼女は、ついでにこう訪ねたのであった。
「ふーん。ところであんたさ、いろんなものを召喚出来るわけ?それならひょっとして、食べ物なんかも出せたりするの?」
「はい、もちろんです。お腹が減りましたか?それなら何なりとおっしゃって下さい。」
「じゃあ、カツサンドと小エビのサラダが食べたいな」
異世界に来てまでそんな要望が通じるのか分からないけれど、これだけ散々な目にあっているのだから、せめて自分の好物くらい食べたくなる。すると、ヒロシがブツブツと呪文を唱えたその直後に、目の前に立ちこめた霧のあいだから、彼女が望んだ食べ物が現れたのであった。
「凄い!あんたこんな事も出来るのね。これなら、旅の間も食べ物に困る心配は無いわね!じゃあ、いただきまーす」
さっそく伽耶がカツサンドを口にすると、何とその味は、商店街の肉屋に売られている、彼女の大好きなカツサンドであった。
「ああ、これだ!私が食べたかったやつ。あんたよく分かったわね。それにこのサラダ!あのチェーン店で食べた味と同じよ」
自分の大好物を食べることが出来てすっかり機嫌が良くなった伽耶は、とりあえず村までの道のりを頑張って歩く事にしたのである。
しばらくして、木漏れ日が多く差し込む場所まで来ると、足元には草が生い茂り、二人の行く手をはばむのであった。とにかく足が重い、もう限界だ。彼女がそう思って歩いていたその時、何者かの声が聞こえてきたのである。
草むらの先に見える怪しげな姿に気付いた伽耶達は、慌てて茂みのなかに身を隠した。
「ちょとヒロシ、あれはもしかして悪魔じゃない?」
「そうです…でも、こんな時間にいったい何をしているんだろう」
草の間からそっと覗いていると、悪魔達は声の聞こえる距離まで近づいて来たのだが、彼女らの存在には全く気が付かないのであった。
「なあ、別の世界から三人の戦士が来たなんて本当なのかな。そもそも、人間ごときにびびる必要なんてあるか?」
「まあ、そう言うなよ。親方様は異世界からやって来た連中が普通の人間ではないと言っておられる。だから一刻も早く見つけ出さないと、厄介な事になるらしい」
「でも噂じゃ、あの死神を倒したって話だけど、そんな事信じられないよな」
「まあ、きっとそれは何かの間違いだろう。もしそれが本当の事だったとしても、人間のしわざとは到底思えないからな」
どうも奴らは、神社での一件について知っているようである。しかし、伽耶はその時の記憶が全く無いので、自分のことを言われているとは夢にも思っていなかった。
「つまりだ、お前はその三人の戦士が人間じゃないっていうのか?もしそうなら、いったい何者なんだよ」
「まだ分からないのか?そいつは人間と悪魔の混血種さ。だから体にも悪魔の特徴があるに違いない」
「そうか、とりあえず光が落ちたのは先にある平原の辺りだから、もう森に入ったとしても不思議ではないな」
どうやら二人の悪魔は、自分達の行動をある程度よんでいるらしい。だとすれば、このまま隠れていても、見つかるのは時間の問題かもしれない。伽耶はそんな不安を抱いていると、突然足元に現れた一匹の蛇に驚いて、腰を抜かしてしまったのである。
「おや、誰だそこにいるのは」
悪魔達は茂みをかき分けながら、ゆっくりと伽耶の方へと近づいて来た。絶対絶滅の大ピンチに、彼女はもはやなすすべも無くその場にしゃがみこんでいた。