color〜色の異世界冒険記 第1話 始まり
午後の1時、届いたばかりの本を棚に並べ終え、いつものように人けのない店内を掃除する。外は大降り、あいにくの雨模様。それはまるで激しいドラム演奏のように、辺り一帯をバラバラと打ち鳴らす。
平凡な日常、ただ当たり前のように過ぎ去っていく日々。人はそうしたことに目を背けるようにして、未知の世界へと思いを馳せるのであろうか…。
彼女の名は小林伽耶。以前から絵を描く事がとても好きで、高校では美術部に入部した。すると、その才能は直ぐに頭角を現し、二年の時には学生の展覧会で優秀作品賞を受賞したのである。
しかし、それから美大を志したのだが、とある家庭の事情により、入学を断念したのであった。
22歳、独身、彼氏無し。母親にはそろそろ良い人みつけなさいと言われているが、当の本人からしたら、それは余計なお世話といったところだろう。
そんな伽耶は現在、フリーランスのイラストレーターとして働くかたわら、この少し風変わりな本屋『山百合書店』でアルバイトをしているのである。
店内には、美術関連の書籍が所狭しと並んでおり、他には若手の作家たちが書いている小説や、マイナーな漫画も置いている。また、その横には小さなキッズスペースが設けてあり、ご厚意で図書館から譲り受けた児童書などを置いているのだ。
実はこのキッズスペース、伽耶のアイディアでつくられたもので、このミステリアスな店内に、少しでも地域で愛される空間があってはどうかと提案したところ、店長が快く受け入れてくれたのである。
しかし、その一方で店の片隅にはいくつかの古い本が並んだ棚があり、その本ときたらとても奇妙なものばかりであった。
妖精などの空想上の生き物たちが描かれた図鑑。誰かの日記のような日付がついた本。それらの本に紛れるかのように、不思議な黒い本が並んでいるのである。やたらと分厚いその本は、見たこともない文字が書かれた黒いぼろぼろの表紙に、変わったかたちをした紋章のようなものがついている。
きっと、これはオカルト的な本に違いない。こんな美術の専門書ばかり置いてある書店にわざわざ来てまで、その謎めいた本を手にしようとする変り者はいないであろう。そう考えていた彼女は、書店の片隅にひっそりと並ぶそれらの薄汚れた本が嫌でたまらなかった訳で、とりあえず裏の倉庫にでも、しまっておきたいのであった。
なんせ、本は伽耶が書店で働くよりもずっと前から売れずに残っているのだから…。
さて、伽耶がいつものように休憩を終えて売り場へと戻ると、程なくして入口の扉が開く音と共に、お客が入って来たのに気付いた。
「いらっしゃいませ」
その青いシャツとジーパン姿のスマートな男性は、だいたい20代半ばくらいに見える。おそらく初めて訪れたりたのだろう。彼は店に入るなり、そのアンティークな店内を不思議そうに眺めていた。こんな荒れた天気のなか、いったい何の用であろうか。傘立てに置かれた黒い傘はあまり役に立たず、彼の足下はびしょぬれである。
伽耶が働くこの本屋は、美術関連の書籍が充実していることもあり、油絵画家 イラストレーター、はたまた陶芸家や現代美術家などといった、芸術家の客がよく来店する。
しかし、彼女は何故か直感的にその客が芸術家ではないだろうと思った。
「すみませんが」
「はい、何でしょうか」
「あの、画集を買いに来たのですが、平出一郎さんの…」
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