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食事

「…………アビゲイル」


「……な、なによ」


 やはり着慣れないと、アビゲイルは膝と膝を擦り合わせた。

 長い白髪は緩く三つ編みにされ、左の肩から前に垂れる。

 手入れしてもらったからか、自分のものとは思えないほど髪がしっとり艶やかだ。

 心なしかくすみも取れ、まるで銀髪のように輝いている。

 ドレスは白を基調としつつ、紫色の宝石が花を描くように付けられていた。

 首元や手首には黒く輝く宝石がつけられていて、こんなに豪勢な装いは緊張するなと軽く前髪に触れる。


「君は女神だ。いや、女神すら嫉妬するほど美しい」


「……あなたって、恥ずかしくないの? そういうの……?」


「恥ずかしくない。アビゲイルにはなんでも素直に伝えたいからな」


「……そう」


 本人が全くもって恥じていないので、ここでアビゲイルが照れるのも話が違う気がした。

 なので気丈に振る舞いつつも、差し出されたグレイアムの手をとる。

 彼にエスコートされるまま椅子へと腰を下ろせば、長方形のテーブルの上には豪華な料理が並べられていた。


「……これ、食べていいの?」


「もちろん。君のために用意したんだ」

 

 真っ白なテーブルクロスの上にはキラキラと輝くロウソク。

 ロウソクは高いからとアビゲイルの部屋には置いてもらえず、夜は月明かりだけで生活していた。


「……すごい。こんなの初めて」


「好きなだけ食べてくれ」


 そうは言われてもこんなの初めてすぎて、どれから手をつけていいかわからない。

 サラダはどれもこれもみずみずしくて、色も鮮やかだ。

 これは野菜なのだろうかと、紫やらオレンジ色の野菜を不思議そうに見つめる。

 痛んだところなんて一つもない。


「い、いただきます」


 食事の準備をしてくれたのだろうシェフと、家令のエイベル。

 そしてアビゲイル付きの使用人となったララとリリが壁際で控える。

 アビゲイルは曇り一つないスプーンを手にとると、そっと黄金色のスープをすくった。

 温かなスープなんて久しぶりだ。

 唇を濡らすそれを吟味したのち嚥下すれば、温かさに胸がジーンと震える。


「……美味しい。こんなに美味しいスープ、はじめて飲んだわ」


「これからは好きなだけ飲めるさ」


 正面に座るグレイアムは食事を楽しむアビゲイルを見ることに夢中で、己の料理には一切手をつけていない。

 何度かスープを楽しんだ後、次はサラダだとフォークを持つ。

 シャキッと音が鳴る野菜は、これほどまでに美味しいのかと驚く。

 青臭さもほとんどなく、お手製のドレッシングはさっぱりしていてとても美味しい。

 今までは野菜を嫌っていたけれど、これなら好きだと胸を張って言える。


「お野菜も、新鮮だとこんなに美味しいのね。今までは青臭くて食べれないって思ってたけど、ここのサラダはドレッシングも合わせてとっても好き!」


「……そうか」


 まるで料理を頬張る子どもを慈しむ父親のような表情を、グレイアムは無意識にもしていた。

 アビゲイルはそんなグレイアムに気づくことなく、フォークをテーブルに置くとパンへと手を伸ばす。

 ほんのりと温かいパンは、ほんのりと甘い香りがした。

 表面もガチガチに固くなく、なにより中がふっくらとしている。

 パンとはこういう食べ物なのかと、行儀が悪いと分かっていながらも感触を楽しんでしまう。

 いつまでも触っていたいと思いつつも、鼻腔をくすぐる甘い誘惑には敵わない。

 一口大に割いて口に入れれば、その優しい甘さにほっと息をついた。


「パンってこんなに美味しいのね! 甘くてほんのり温かくて……。幸せの味って感じ」


「幸せの味? 可愛いことを言うな」


 アビゲイルの頭の中は食べ物のことでいっぱいで、グレイアムがなにやら恥ずかしいことを言ってきた気がするが、全く気にならなかった。

 パンを食べ終わると、今度はメインディッシュだとフォークとナイフを手にとる。

 途端になぜだか緊張してきて、アビゲイルはごくりと喉を鳴らした。

 自分の目の前にあるお肉に目が釘付けになる。

 芸術品かと思うほど綺麗についた焼き色。

 その上にかけられた緑色のソース。

 添えものの野菜ですら美しくて、アビゲイルは何度も喉を慣らす。

 

 ――いざ!

 

 と気持ち勢いをつけてフォークを刺し、ナイフで切り分ける。

 肉は驚くほど柔らかく、ほとんど力を入れずとも切り分けられた。

 少しの力にも反応するように溢れ出る肉汁に、アビゲイルの瞳は煌々と輝く。

 もう一度いざ! と覚悟を決めて肉を口の中に誘えば、それは一瞬で存在感を放ってきた。


「――…………っ!」


「美味しそうだな」


「……っ! っ!」


「わかったから落ち着いて食べろ」


 口いっぱいに頬張りながら勢いよく頷くアビゲイルに、グレイアムは笑う。


「リスみたいでかわいい。そう思わないか、エイベ……」


 同意を求めようとエイベルに話しかけたグレイアムだったが、不自然に言葉を止める。

 何事かと彼の視線を追えば、そこにはなぜか涙を流す使用人たちがいた。


「……なんで泣いてるんだ」


「も、申し訳ございません! アビゲイル様があまりにもお幸せそうで……!」


「りょ、料理人としてこんなに幸せそうに食べていただけるなんて、こちらのほうが幸せで……!」


「デザートも用意してございます!」


「ワインなどもご一緒にいかがでしょうか!」


 なぜかわからないけれど、この食事以降たびたび使用人たちに餌付けされるようになったアビゲイルであった。

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