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双子

「お湯加減はいかがでしょうか?」


「だ、大丈夫……」


 思えばお湯に浸かったのなんていつぶりだろうか?

 公爵家で湯に浸かっていたアビゲイルは、左右から長い白髪を優しく洗われていた。

 いつもは持ってこられた水で髪や体を洗っていただけなので、こんなふうに手足を伸ばしてゆったりするのは久しぶりだ。

 公爵家の使用人である双子、ララとリリによって体中がケアされていく。

 

「もしよろしければ毛先だけ少しお切りいたしましょうか? 傷んだ部分を切るだけでも、見栄えがよくなります」


「爪も形を整えましょう。美しく伸びるよう、オイルも塗ったほうがよさそうですね」


「お、お任せします……」


 アビゲイルのための手入れなのだろうが、無知すぎてよくわからない。

 爪にオイルを塗ってどうなるのだと、料理用の油を思い浮かべていると、髪のトリートメントが終わったのか、優しく洗い流されていく。


「きちんと手入れをすれば、美しく輝く髪になりそうですね」


「我々の腕の見せどころというやつですね」


 正直慣れない、とアビゲイルは肩に力を入れた。

 王女でありながら専属の使用人はおらず、仕方なく最低限の世話をする人しかいなかったため、自分のことは自分でやっていた。

 だからこそ髪や手の手入れなんかもほとんどやってなかったのだ。

 それが急に二人がかりであれこれやられるのは、どことなく居心地が悪い。

 もじもじとしつつも、アビゲイルはところなさげに口を開いた。


「……あの、嫌じゃ、ないですか? ……私の世話なんて」


「お屋敷勤の使用人として、奥様にお仕えできるというのは誉です」


「そうです! 我々のようなものを選んでくださったご当主様のためにも、腕によりをかけます!」


 楽しそうな二人に、アビゲイルはなんと声をかけていいかわからなかった。

 いくらグレイアムからの指示であったとしても、赤目の嫌われ者を世話するなんて、本当は嫌なのではないか。

 そんな思いが頭をよぎるが、いつまで経っても肩の力が抜けないアビゲイルに気づいたのか、ララが優しく触れた。


「アビゲイル様は、双子が禁忌とされていたことを知っていますか?」


「……え?」


「大昔のことですが、田舎のほうではまだそんな風習が残っていたりします」


 そんな話は知らなかった。

 双子が生まれることなんて可能性として低いというだけで、数としては少なくはないだろう。


「駆け落ちした恋人の生まれ変わりだとか。過去の罪があるのだとか。そんな意味わからないことです」


「そんなの迷信よ!」


「そう。迷信なんです」


 ぴちゃんっと、アビゲイルの髪から雫が落ちた。

 波紋の広がったお湯はやがて落ち着き、そこには真っ赤な瞳を映し出す。

 その時、アビゲイルは思わず声を出していた。


「――あ、」


「そうです。赤いものを恐れる心もまた、迷信なんです」


「ご当主様がアビゲイル様を妻にと望まれた時、恥ずかしながらこの屋敷中の者が反対しました」


 それはそうだろう。

 その反応が当たり前なのに、ララもリリも顔に影を落とす。


「けれどご当主様がおっしゃられたんです。『それで? お前たちの誰か一人でも赤目のものに傷つけられたのか?』って」


「その瞬間ハッといたしました。私たちだって昔、田舎のおばあさんに『双子は不吉だ!』なんて言われて嫌な思いをしたことがあったのに」


「自分たちも周りに流されて、そのおばあさんと同じことをしようとしていたんです。……周りと同じ当たり前って、よくよく考えると恐ろしいですよね」


「みんながこう言うならそれが真実なんだと、疑うことなく信じてしまうのですから」


 反省していますと頭を下げるララに、何度も首を振った。

 それこそ彼女たちの言うとおり、なにもされていないのだ。

 アビゲイルにとって彼女たちは優しくしてくれた、数少ない人、だ。


「この屋敷の者たちはみなご当主様が連れてこられたものばかりで、似たような境遇の寄せ集めなんです」


「だから人一倍ご当主様に対する恩義も厚いので、そういった意味ではアビゲイル様を傷つけるものはいません」


「……ただ一つ。ご当主様の妹君、ダイアナ様付きの使用人のみ少し勝手が違うのでご注意ください」


 ダイアナ、と言われて先ほどの騒ぎを思い出した。

 少なくともダイアナ本人には歓迎されていないので、彼女付きの使用人たちから煙たがられてもおかしくはない。


「このお屋敷で働くものたちは、グレイアム様がご当主となった際に一掃されております。ですがダイアナ様たっての願いで、お付きの者たちのみ残されたのです」


「ですのでダイアナ様の周りは……その、ご当主様の考えを理解できないものたちばかりなのです」


「…………なるほど」


 つまるところ、アビゲイルはこの屋敷ではダイアナ一派に気をつければいいというわけだ。

 王宮のように全員敵ではないのなら、やはりこの屋敷は今までよりずっと居心地がいい。


「さあ! 仕上げに入りましょう!」


「うんと美しくして差し上げます!」


 両手をわきわきと動かす双子に捕まって、アビゲイルは頭のてっぺんから足の指先まで手入れされたのだった。

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