神秘的
「――実は……」
グレイアムがことの詳細を話し始めた。
大前提に他言無用であることを釘刺した上で、王太后カミラの不倫の話。
そこで生まれた隠された子ども。
その子どもが一年前から消息不明で、それを探しにきたことまで全て話していた。
もちろん復讐の話はしていなかったけれど、そこまで聞いたシリルはふむ、と考え込む。
「なるほど……。その子どもの最終確認場所はどこなんだい?」
「ヘールベルトという町に住む平民の女の家だ」
「ヘールベルトなら隣町だ。……近いな」
彼らの話を片耳で聞きつつ、ひとまず説明に関してはグレイアムに任せようと、目の前に広がるケーキに手を伸ばす。
一目見た時から決めてましたと、フルーツがふんだんに使われたタルトをお皿に乗せて、フォークを手にとる。
それだけでも最高の景色で、思わずむふっと笑いそうになるのをなんとか堪えた。
いただきます、と心の中でつぶやいた時、あ、と気がつく。
自分は今、顔を隠していたのだと。
ケーキを食べるには邪魔だし、ここにはグレイアムとシリルしかいない。
ならさっさととってしまおうと帽子を脱ぎ、改めてフォークをケーキに刺した。
下の生地はサクッとしてるのに、上に乗ってるフルーツは水々しい。
こんなの美味しいに決まってるじゃないかと口に運び、案の定美味しくて口元がにやにやとしてしまう。
しっかり味わおうとなんども噛んでいると、不意に視線を感じた。
「…………」
「…………」
ぱちり、とアビゲイルは瞳を瞬かせた。
なぜなら先ほどまでグレイアムとの話に集中していたシリルが、こちらを凝視しているからである。
アビゲイルはシリルと見つめ合うこと数秒ののち、そっとフォークをテーブルに置いた。
「………………」
もしやこの国ではフォークでケーキを食べてはいけないとか、そんなことがあるのだろうか?
「――まさか……!」
もしかして美味しくても仏頂面でいなくてはならないとか、そういうのがあるのかと食べる手を止めて固まると、そんなアビゲイルに気づいたシリルが慌てて首を振った。
「これは失礼。レディを見つめるなんて紳士らしからぬことをいたしました」
「……いえ。その、私なにかしてしまいました……?」
「違います。――あまりにも美しい瞳に、つい驚いてしまいました」
瞳と言われてもう一度瞬きを繰り返した。
確かにフェンツェルでは赤は神聖な色とされているが、そんなに驚くようなものだろうかと、下瞼に触れる。
エレンディーレではアビゲイルの瞳を見た人は、みな怯えたり罵声を浴びせてきたりするので、この反応にはなれない。
アビゲイルの瞳を美しいというなんて、グレイアム以外にもいたのだなと変な気分だ。
「なるほど。あなたがエレンディーレのプリンセスですね?」
「……そ、うです、けど」
なんだかなれない言われかただなと思いつつも頷けば、シリルもまた納得したように首を縦に振った。
「エレンディーレでは赤は不吉だと。我が国とはそもそもの考えかたが合わないようだ」
シリルは赤がいかに神聖で美しいかを語る。
神が与えてくれた色であり、人の体に流れる血の色だ。
それを穢らわしいというなんておかしいというシリルに、グレイアムが頷く。
「その通りだ。エレンディーレはおかしい」
「我が国では死は白を纏いますが、誰一人として白を忌み嫌うものなどおりません。その偏った考えかたを直さない限り、我が国との友好など夢のまた夢でしょう」
フェンツェルの人々は赤に誇りを持っているらしい。
確かにそんな人の前で赤は不吉だ! なんていうのは喧嘩を売っていると思われてもおかしくはない。
エレンディーレで青は不吉だ! なんていえば少なくとも怪訝な顔はされるだろう。
「……しかし、そんな国では暮らしにくかったのでは……?」
「それは……まあ、はい」
「…………噂には聞いていました。赤い目のプリンセスがいると」
この国でも話題になっていたようだ。
シリルは少しだけ悲しそうな表情をした後、しかしすぐに笑顔へと戻す。
「だが今は幸せそうだ。グレイアムは優しいですか? 不器用な人ですが、あなたを命がけで守るくらいの気概はあるかと」
「――はい」
シリルのいう通りなのでこくりと頷いてみせた。
グレイアムのおかげで日々を幸せに過ごせているし、彼に守られているのもわかっている。
穏やかに微笑みながら頷いたアビゲイルを見たシリルは、同じような表情を浮かべた。
「この国ならあなたは絶対に幸せになれますが……グレイアムから引き離すわけにはいかないので残念です。社交界に出ればきっと王族から求婚されますよ。それぐらい美しいかただ」
もちろん社交辞令なのはわかっているが、こうして容姿を褒められるのはとても嬉しい。
グレイアムのいうとおり、この国で過ごしていたら価値観が変わりそうだ。
もちろん、彼のそばを離れる気はないが……。
「……ありがとうございます」
「心からの賛美です。……あ、ケーキをお召し上がりください。全て最高に美味しいのでオススメです」
「はい。ありがとうございます」
アビゲイルがケーキへと手を伸ばせば、それを見てグレイアムが口角をあげる。
「素敵なレディと素敵な紳士の組み合わせは、見ていていい気分になれるね」
「……話を続けるぞ」
結局シリルとグレイアムの話が終わるまでに、アビゲイルはケーキを四つも食べたのだった。




