表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】禁忌の赤目と嫌われた悪役王女様は奇妙な復讐をはじめました。  作者: あまNatu


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

41/157

【二章】いざ!

 肌をなぞる潮風に、アビゲイルは鼻をすんっと鳴らす。

 嗅いだことのない香りというのは、なんだかとても興味深かった。

 頭に被る帽子を飛ばさないように抑えつつも、アビゲイルは揺れる船の上からひょっこりと顔を出し、海を見つめる。


 ――フェンツェルへの旅行。


 自国を出たこともないアビゲイルにとって、生まれて初めての体験だかりだった。

 まずは船。

 こんなに大きく積載量もあるだろうものが、どうして海に沈まないのか不思議だ。

 そしてなにより海。

 あまりにも気になり指先で触れてみれば冷たくて、さっと手を引っ込めた。

 ただ好奇心が勝り少しだけ舐めてみるとしょっぱくて、アビゲイルが顔を顰めている間にララによって手が拭かれていた。

 そんなこんなで船に乗りやってきたのは隣国、フェンツェル。

 隣国とは言っても土地自体は離れているため、移動手段は船しかない。

 生まれて初めて船に乗ったけれど、特に船酔いすることなくアビゲイルには楽しい航海だった。

 かわいそうなのはリリだ。

 アビゲイル付きとして共にやってきた彼女だったが、船から降りるその時まで部屋に篭りっきりだった。

 フェンツェルについてもそれは変わらず、ララと共に先に宿に向かわせたほどだ。

 そんなわけでアビゲイル、グレイアム、エイベルの三人で少しだけフェンツェルを見て回ることになった。

 アビゲイルは帽子から垂れる黒いヴェール越しに、自分が乗ってきた大きな船を見上げる。


「アビゲイル。疲れてないか?」


「ええ。大丈夫よ」


 後ろから声がかけられて振り返れば、そこにはグレイアムがいた。

 彼の後ろには荷物を馬車に乗せているエイべルもいて、知らぬ土地なのに見知った顔ばかりで安心する。


「すごいわね。私本当に……あの国を出たのね」


「……世界は広い。君が見たいというのなら、俺がどこまでも連れていく」


「…………ありがとう」


 確かに、グレイアムと二人で世界旅行なんていうのもいいかもしれない。

 きっと自分が抱えている悩みなんて、小さなものだと思うのだろう。

 楽しそうだ、なんて笑っていると、そんなアビゲイルを見てグレイアムが眉を寄せた。


「本当によかったのか? その……」


「これ?」


 グレイアムが気にしているのはこれだろうと、アビゲイルはひょいと目の前にある黒いヴェールを摘む。

 顔を隠すように垂れているそれは、アビゲイルが望んでつけたものである。


「この国でも赤は目立つんでしょう? なら隠したほうが動きやすいじゃない」


「……だが、せっかくその瞳がいかに綺麗なのかわかる機会なのに…………」


 グレイアムはアビゲイルの赤に対する認識を変えたいようだ。

 彼の気持ちはありがたいと思いつつも、アビゲイルはくるりと周りを見渡す。


「わかってるわ。あなたの言いたいことは。でも大丈夫よ」


 右を見ても左を見ても、その瞳は赤いままだった。

 ここは本当にエレンディーレではないのだと、よくわかる景色だ。


「――だってここには、こんなにたくさんの【赤】があるんだから……!」


 道ゆく女性は赤いリボンを髪につけ、その隣にいる紳士は赤いネクタイを纏う。

 露店の花屋には赤い花が咲き誇り、装飾品店には赤い宝石が目立つ。

 ここでは赤は、普通の色なのだ。

 エレンディーレでは絶対に見ることのない光景に、アビゲイルは口角が上がるのを止めることができないでいた。


 ――これが、グレイアムが見せたかった光景。


 心がすっと軽くなるような気分に、アビゲイルは深く息を吐き出した。


「……私この光景、一生忘れないわ」


「……君にとってこの旅がプラスになったのなら嬉しい」


「プラス以上よ。……今ならなんでもできそうな気分」


 潮風を浴びつつ背伸びをするアビゲイル。

 そんな彼女を見て優しく微笑んだグレイアムの背後から、不意に声がかけられた。


「君がそんな顔をするなんて。やはり恋は人を変えるんだねぇ」


 涼しげな声色にアビゲイルが視線を向ければ、そこには長身の男性がいた。

 薄茶色の長い髪を一つに結い帽子を被った紳士は、グレイアムへと近づくと脱帽する。

 緑色の美しい瞳を持った美丈夫は、パチリとウインクをしてきた。


「やあ、グレイアム。君に会えて嬉しいよ」


「シリルか。今回のこと、面倒をかけたな」


 グレイアムと握手をする男性。

 彼を見てアビゲイルはすぐに彼が誰だかわかった。

 フェンツェル王国侯爵、シリル・ウィンベル。

 グレイアムの友人であり、この国でのアビゲイルたちの身元保証人だ。

 彼がいたおかげで、エレンディーレと関係悪化しているフェンツェルにくることができたのだ。


「エイベルも久しぶりですね。お元気そうでなによりです」


「お気遣いありがとうございます。シリル様もお元気そうで」


 エイベルとも知り合いらしい彼は、気さくに握手を交わす。

 そしてその後、流れるようにアビゲイルへも手を差し出してきた。


「そしてこちらが噂のグレイアムの婚約者殿ですね」


「――アビゲイルです」


「はじめまして。シリル・ウィンベルです。お見知りおきを。麗しのレディ」


 そういって微笑むシリルの顔はキラキラと輝いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ