そしてそして
ここに残すのは、アビゲイルという女が生きた証である。
エレンディーレという国で生まれ、瞳が赤いというだけで蔑まれた女の人生だ。
毎日毎日窓の外を眺め、今が何時なのかもわからず過ごす日々は、悲しくつまらなかった。
そんな人生から抜け出すことができたのは、たった一つの出会いのおかげだ。
その出会いによって全てが変わり、アビゲイルという空っぽの器に数多の愛が降り注いだ……。
その全てをここに綴る。
未来にこれを見る人たちが、間違えた認識をしないように。
それによって全てを狂わされた私だからこそ、書き記しておかなくてはならないのだ。
だからこそ願う。
これを読んだあなたが、正しく未来を伝えてくれることを――。
「アビゲイル? まだ書いてるのか?」
「――グレイアム」
手を止め顔を上げれば、グレイアムがこちらに向かってきていた。
彼の腕には、愛おしい小さな命を抱えている。
「まぁま!」
「はい、ママですよ」
「アビゲイルのところに行くと言って聞かなくてな」
よたよたと歩く子どもを抱き上げれば、にこにこと嬉しそうに笑う幼い我が子。
正直な話をすれば自分の幼少期があれだったため、子どもとうまく接することができるのか不安はあったのだ。
だがこの世にこの子が生を受けたとき、こんなにも愛おしいという感情が溢れてくるとは思わなかった。
「書き終わったのか?」
「やっとね。これから清書してギーヴに見てもらわないと」
「本にするのも一苦労だな」
アビゲイルは学院を卒業後、息子を出産した。
こんなに早く新しい命を育むことになるとは思わなかったけれど、今ではかけがえのない存在となっている。
そして今は歴史学者として、正しい歴史を研究し一冊の本にしていた。
その最新作が、自分のことを書いている。
正しい歴史を知らなかったために誤解された女の物語。
教訓としてここまで適任はいないだろう。
「そういえばアリシア、無事たどり着いたようだぞ」
「――……そう」
アリシアは今、ジョージと共に旅をしている。
聖女として各地を回りながら人々を救いつつ、ある場所を目指していたのだ。
それはゲームで言う終わりの地。
死の神が封印されている場所だ。
もちろん死の神をあらためて封印するためではない。
解放するために向かったのだ。
「……やっとおじいちゃんに会えるわね?」
「じ?」
子どもの頭を撫でながら微笑む。
死の神の封印が解かれたら、それはそれで大変な気もするが致し方ない。
そこらへんはヒューバートにまるっと任せるとしよう。
「――あら? どうしたの?」
「ん! ん!」
ヒューバートの顔が青ざめるところを想像してくすくす笑っていると、子どもがなにやらもぞもぞと動き出した。
どうしたのだろうかと様子を見守っていると、アビゲイルのお腹に耳を押し当てにこにこと笑う。
「――」
その様子を見て、なにやらふとアビゲイルには思うところがあり顔を上げた。
すると同じことを思っていたのか、似たような顔をしたグレイアムと目が合う。
「……まさか」
「………………医者を呼んでくるから、待っててくれ。安静にしててくれ。頼むから!」
走って部屋を出ていくグレイアムの背中を見送りつつ、アビゲイルは自身の子どもを見つめた。
生まれた時から色々不思議な子どもではあったけれど、ここまでくるともしかして……。
「あなたもなにか、不思議な力を持ってるの……?」
「あぅ?」
「…………」
もしかしたら、この子もアビゲイルと同じようになにか特別な力を持っているのかもしれない。
それがどんな能力なのかはわからないが、この子にとって味方になるようないい力だといいなと思う。
「アビゲイル! 医者を連れてきた……!」
「グレイアム……」
自分の体のことだ。
それも初めてじゃないからこそ、なんとなくわかっていた。
この感は当たると。
だからこそ我が子の頭を撫でながら聞いてみた。
「妹だと思う? 弟だと思う?」
「もーと!」
「――そうね。私もそう思うわ」
これは賑やかになりそうだと、アビゲイルは未来に思いを馳せる。
愛を知らない自分が、愛を知り、そして今与えているのだ。
それがとても嬉しくて、幸せで……。
「奥様、旦那様。おめでとうございます!」
そんな幸せな日々もまた、新たに綴ろうと思う。
自分が生きた証を。
愛された証をここに残す。
どうか未来に、正しい歴史が刻まれますことを――。
Abigail.
完
禁忌の赤目と嫌われた悪役王女様は奇妙な復讐を始めました。
完結しました!
当作品をお楽しみくださりありがとうございます!
次回作もお読みいただけましたら幸いです。
ありがとうございました!
あまNatu




