グレイアムという男⑤
「起きたのね! グレイアム……。よかった」
寝室へと案内されたアリシアと対峙したグレイアムの表情は固い。
ベッドに座ったまま、上半身だけをあげるグレイアムの隣に腰を下ろしたアリシアは、穏やかな微笑みを浮かべる。
「心配したのよ。無事でよかったわ」
優しい微笑み。
ゲームで見たとおりのものだ。
あの頃はなぜみなアリシアを好きになるのだろうかと疑問に思いながら、ゲーム画面を見ていたなと思い出す。
どうしたってグレイアムの瞳は、アビゲイルに釘付けになっていたから。
「体調はどう? 気になるところがあれば、私が――」
「わかってるんだろう? 俺が治ったのはお前の力じゃない」
「………………」
アリシアは笑みのまままるで時間が止まったかのように硬直した。
しばしの沈黙。
それを破ったのは真顔になったアリシアだ。
「――どうして知っているの?」
「…………眠っている間、夢を見ていた。そこで俺に起こったことを知ったんだ」
「夢、ねぇ……」
アリシアはどうやら猫をかぶることをやめたらしい。
足を組むとグレイアムを鋭い視線で見つめた。
「――そもそも疑問に思ってたんだけれど、あなた本当にグレイアム?」
「いや、違う」
「やっぱり。まんまと騙されたってことね」
はあ、なんて大きなため息をついたアリシアは、近くに置いてある剥かれたりんごが置かれた皿を手にとると、勝手に食べ始める。
「つまり転生者はアビゲイルじゃなくてグレイアムってことね? ……なるほど、合点がいったわ」
「アビゲイルにはここがゲームの世界であったことは伝えているがな」
「でしょうね。……ねえ、不思議だと思わない? こんなにゲームと違うことある? 普通はゲームどおりに進んで、アリシアが幸せになるはずじゃないの?」
しゃくしゃくとりんごを頬張りつつ言うアリシアに、グレイアムは鼻を鳴らす。
「本物のアリシアのように努力してないんだから、仕方ないことじゃないか?」
「……ギーヴのこと? あなたたち仲がいいみたいだものね。――仕方ないでしょう。昔から歴史は嫌いなのよ」
お腹でも空いていたのか、アリシアはぺろりとりんごを食べ終わってしまう。
「あっちにあるお菓子も食べていいかしら?」
「好きにしろ」
立ち上がったアリシアは、ベッドから離れソファのほうへと向かう。
置いてあるクッキーを食べながら話を続けた。
「アビゲイルは一体なんなの? ――あなたの傷、あれだけの出血だったにも関わらず、綺麗さっぱりなくなっていた。……私の力でも無理なことよ」
「…………」
どうしようか、束の間考える。
アリシアに真実を伝えるべきか否か。
悩むグレイアムに気づいたのか、アリシアは力強く足を踏みつけた。
「話して。――私だって部外者じゃないはずよ? 物語が変わってしまうというのなら、ちゃんと準備をしたいの。……それに」
アリシアは悲しそうに目を細めるた。
「アビゲイルがチャリオルトに行ったのは、少なからず私にも責任があるわ。――貸を作ったままなのは嫌なのよ」
確かに一理ある。
アビゲイルがチャリオルトに行く原因を作ったのは、アリシアだという考え方もできてしまう。
だからこそそこに責任を感じているようだ。
アリシアの真剣な顔を見て、グレイアムは軽く肩をすくめた。
「他言無用だ」
「こんな話誰が信じるっていうのよ」
その通りだなと、グレイアムは詳細を全て話した。
本当の歴史と、アビゲイルの正体について。
アリシアは黙って聞いていたが、話が終わったあと大きくため息をついた。
「……私、向こうの世界で愛されたことがなかったの。両親はいないし家族もいない。誰にも見られない透明人間みたいな……」
その当時のことを思い出しているのか、アリシアは遠くを見るような悲しげな瞳を覗かせた。
「だからこっちに来たときに自分がアリシアになって、愛されるんだーってとっても嬉しかったの。……でも私は私なんだから、そりゃこうなるわよね」
諦めたように肩をすくめたアリシアは、改めてクッキーを口に含んだ。
「……私本当はこのゲーム、アビゲイルが好きだったのよね。自分と似てたから……。誰からも愛されてなくて、でも愛を求めてるところが」
自分と重ねてたと小さな声でつぶやいたアリシアは、立ち上がると腕を伸ばすと腰に手を当てた。
「それで? どうするつもり? このままってわけじゃないんでしょう?」
「……アビゲイルを連れ戻す。どんな手段を使っても」
たとえこの国が滅ぼうとも。
なんて口にはしないが、アリシアにはきっと伝わっただろう。
彼女はならばと、グレイアムの前に新聞紙を差し出した
「――なら先手必勝ね。私に案があるの」
「……案?」
「ただ連れ戻しただけじゃ、アビゲイルは夫から逃げた卑怯な女になってしまう。風当たりも強いし、こっちに戻ってきてもつらい思いをするだけよ」
確かにアリシアのいうことも一理ある。
だがどうすれば……?
と考えるグレイアムに、アリシアはにやりと笑う。
「必要なのは世論よ。世論が味方をしてくれれば、悪人も善人に変わるわ」
「……どういう意味だ?」
アリシアの細く美しい指が、新聞の一文を指差す。
そこには新聞記者の名前が書かれていた。
「私にいい考えがあるわ。――任せてみる?」
『悲劇のヒロイン! アビゲイル王女の真実。愛した公爵の元を去り、国のために敵国へたった一人向かった王女の真実』
そんな一文が、翌日の新聞一面を飾った。